第2話 もともと存在しません

               2


「カイルさん。探索者職業ジョブにアタリハズレはありません。どの職業も役割があって存在するのです」


 ヘレンが厳しい口調で俺をディスった青年、カイルを注意した。


「あ!」と、カイルは自分の失言に気づいたのか口を大きく開け広げた。


 けれども沈黙は一瞬だけで、すぐにヘレンに強く反論した。


「でも、おっさんで適性が【支援魔法士】なんて人を探索者にさせちゃダメなんじゃないの。すぐ死んじまうよ」


 カイルは、まるで無自覚な熱血主人公のような発言で俺のヒットポイントを的確に削ってくる。新手のオヤジ狩りだ。


 肉体は二十代だが中身は五十代のおっさんの俺が十代の子供に真剣に命の心配をされている。カイルに悪気はまるでなさそうなところに発言の真実味があった。実際に【支援魔法士】の死亡率は高いのだろう。


 カイルに詰め寄られたヘレンもいたたまれないような表情だ。嘘でも、そんなことありません、とは言いづらいのだろう。


「探索者の進退を決定するのは本人だけです。余人が口を挟むべきではありません」


 なぜか歯を食いしばるようにしてヘレンが口にした。


 え、俺死ぬの?


 まだ探索者になってすらいない状況で進退の決断を迫られていた。


 ここは大人の余裕を見せつけてやる場面だろう。


 俺はカイル青年に顔を向けた。相手を値踏みする。


 衣服や鎧が派手であるという事実は身だしなみに気を割ける稼ぎがあるという証明だ。


 十代半ばで稼ぎに余裕があるのだから弱くはないのだろう。俺をハズレ職と言い切れるような優秀な探索者職業ジョブであるはずだ。


「坊主、心配ありがとな。参考までに聞かせてもらいたいんだが前いたところには戻るに戻れない縁故無し、二十六歳、無一文の訳ありの男にやれる仕事が他に何かあるなら教えてくれないか? 俺としてはべつに探索者にならなくたって食えりゃ何でも構わないんだ」


 俺がおっさん呼ばわりなのだとしたら十代は坊主呼ばわりでいいだろう。俺の中では二十六歳はまだ若い。だとしたら十代は小僧か坊主だ。せめてお兄さんと呼べ。


「あ、いや、特には」


 カイルは俺の質問に応えられずに、そっと俺から目を逸らして下を向いた。


 おい。


「ないなら俺が【支援魔法士】として生き延びられることを祈ってくれよ。今ちょっと手が離せないんでまた今度な」


 カイルは顔を上げ何か言葉を口にしようとしたが、やはりいい案は浮かばなかったのか俺の顔を見つめたまま沈黙した。


 やめてくれ。野郎と見つめ合う趣味は俺にはない。


 カイルの列の受付嬢が、はあ、と呆れたように大きく息を吐いた。カイルに声をかける。


「安易に他人ひとごとに首を突っ込まないってパーティーメンバーと約束したんじゃなかったかしら?」


 その際、受付嬢はチロリと俺を見た。何だか憐れみのある視線だった。泣きたい。


 同時にカイルがいた列のはるか後ろのほうから若い女性の声が飛んできた。


「カイル、何やってんの? 手続き終わったんならさっさと戻ってきて。呑みに行くよ!」


「ほら」とカイルの受付嬢。「次の人どうぞ」とカイルの後ろの席の人に声をかけた。


 次にいた探索者がカイルを押しのけた。


 俺は後方の声の主に目を走らせた。


 カイルの仲間であろう三人の女性探索者たちが列には並ばず、背後の少し離れた場所でカイルを待っていた。


 黒系統の魔女のような服装のカイルと似た明るい赤毛の女性。


 白系統の聖職者のような服装をした頭髪の右半分が白、左半分が黒い髪の女性。


 身長よりも大きな二枚の四角い盾を床につけて支え持っている小柄な金髪の女性。


 遠いので顔立ちの詳細までは分からないが美人であることだけは分かる。


 三人とも十代ではあるのだろうがカイルよりは少しだけ年上のようである。二十歳はまだだろう。全員胸部装甲がやたら厚い。


 すげえ、マジもんのハーレムパーティーだ。


 カイルめ、まさかこのお姉さんズに養われちゃったりしているから羽振りがいいわけじゃないだろな。


 俺が本当の中二だった頃そういう羨ましい環境を少し、いや、かなり妄想した覚えがないとは言わないが色々深く人生経験を積んだ今となっては分相応という言葉を知っている。ハーレムなんて恐ろしすぎて俺は絶対に望まない。女にとって男は体のいい下僕だ。女性の人数分だけご主人様がいる様な環境である。


 実際、今も手続きの列にはカイル青年が一人で並ばされていて残りの女性メンバーたちは後ろで駄弁っているだけだった。


 英雄色を好むとは言うけれども、もしそのような環境に耐えられる存在がいるとしたら、それこそある意味【勇者】だろう。


 幸せは本人が感じていればいい話なので俺からは何も言わないが一言、頑張れ、とは言ってやりたい。お互いに。


「すぐ行くよ」


 カイルは仲間たちを振り返って大きな声で返事をした。


 それから再び、俺に向き直ると、


「ちょっといい考えは思いつかないけど一人で無茶しすぎて死なないで。これ少しだけど」


 そう言ってカイルは俺の手に硬貨を握らせた。小銀貨を一枚。これっていくらぐらいの価値だろう?


 後で知った話だがこの国で使われている硬貨は小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨とあり、それぞれ十枚で上の通貨の価値となるらしい。金貨の上は商人たちの手形の世界だ。小銅貨が十円だとすると金貨は百万円だ。小銀貨は千円の価値となる。


 いきなり子供から施しを受けてしまった。


 二十六歳新人【支援魔法士】ってのは、そんなに絶望的な存在なのか。


「すまんな」


 俺はカイルに礼を言った。


 施しは遠慮なくいただいておく。実際無一文なのだ。宿はともかく腹には何か入れたい。


 カイルは仲間たちとギルドに併設されている酒場へ消えて行った。


 俺はカイルの背中を見送ってからヘレンと顔を見合わせた。


 照れ隠しに、へへへと笑う。


「あの子は悪い子ではないんですよ。少々おせっかいで他人のトラブルに首を突っ込んではパーティーメンバーから怒られています。ギンさんも、よく怒りだしませんでしたね」


「まあ子供の相手だからね。結局、小銭までもらったし。心配してくれてたんだろう」


 それから何の気なしに問うた。


「俺くらいの歳の【支援魔法士】の死亡率って、やっぱり高いの?」


 ヘレンは途端に真剣な顔になった。


「もともと存在しません。【支援魔法士】しか適性がない方の多くは探索者にはなりませんし、なっても皆さんパーティーが組めないからとすぐに引退されてしまいますので」


 うわあ。




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                                  仁渓拝

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