異世界に若返り転移したおっさん。ハズレ職と笑い者にされたので無双して見返します。
仁渓
第1話 ハズレ職の【支援魔法士】のことですよね?
1
さて、探索者ギルドデビューだ。
領主の公館に次いで街で二番目に大きいとされる石造りの建物の入口を俺こと
小一時間前まで俺は、ただ白いだけの何もない空間で女神だったか爺さんだったか、なぜだかぼんやりとしか、もう覚えていないけれども誰か高次元の存在と話をしていた。
その後、気が付くと大草原を貫く街道の脇にぽつんと立っていたので前方に見えた城壁に囲まれた都市を目指してひたすら歩いた。
衣服はスタンダードな市民の普段着だ。金はなかった。もし街に入るためには入場料が必要だと言われたならば手詰まりだ。
幸い、ラノベで似たような状況の主人公がうまく門番を誤魔化した事例を知っていた。
俺は街の入口にいた年配の衛兵に泣きついた。
「盗賊に襲われて命からがら逃げてきたので財産も身分を証明できる物も何もない。これからどうやって生きていけばいいのだろうか」
ヨヨヨヨヨ。
衛兵は腹を抱えて俺を笑った。
バシバシと俺の背中を気さくに叩く。
「本当は食い詰めて逃げてきたんだろ。わかってるって。この街に来たってことは迷宮目当てだな。迷宮探索者として一から出直せばいいさ」
迷宮ってことは、この街にはダンジョンがあるのだろう。
俺を食い詰め者だと誤解した衛兵は親切にも俺を探索者ギルドまで案内してくれるらしい。実際にそういう人間が年に何人かはいるそうだ。
「なぜ俺が食い詰め者だと?」
「盗賊に襲われて逃げてきた人間がそんな小綺麗な姿のはずがないだろう。食い詰め者にしても綺麗すぎる。あんた計画的にうまく逃げて来たな」
なるほど。そりゃそうだ。
「あんたが本当に盗賊に襲われたのだとすると実況見分をしなければなんだがどうする?」
説明の辻褄が合わずに異世界転移者だとバレてトラブルに巻き込まれるよりは食い詰め者と思わせておいたほうが良いだろう。食い詰め者でも異世界転移者でもどちらにしろ探索者になるぐらいしか当座の手段はない。一息ついてから次の手を考えよう。
「探索者ギルドで」
そんなわけで俺は衛兵に連れられて探索者ギルドに足を踏み入れた。探索者ギルドデビューだ。
「彼を探索者登録してやってくれ」
建物に入るや衛兵の顔を見て近寄って来たギルドの男性職員にそう声をかけて俺を預けると衛兵は去って行った。どうもありがとうございました。
もちろん誰にも話さないが俺は日本からの転移者だ。
赤ちゃんからのやり直しではないので異世界転生ではなく異世界転移で間違いないだろう。
誰かに憑依したわけでもない。自分の肉体のまま異世界に渡る完全な転移型だ。
若干違っている点としては肉体が若返っていた。
街道に立っている時、俺は自分が眼鏡もコンタクトレンズも付けていない事実に気が付いた。
にもかかわらず視界はぼやけず、くっきりと見えていた。
異世界に転移するにあたって視力の補正でもされたのだろうか?
そういえば腰が痛くない。
俺は自分の左右の掌を表にしたり裏にしたりして見比べた。
皺がなく肌に張りや艶がある。
ぺろりとシャツをめくって腹を見た。
自分の肉体が昨晩風呂場で見た時よりも明らかに若くなっていた。
多分、二十代の頃の肉体だ。元の世界での年齢が五十二歳だったから約半分に若返っている。今後は二十六歳だと言い張ろう。どうせ証拠はない。
鏡がないので顔こそ見ていないが、ほくろや古傷の位置と形に見覚えがあるため自分の肉体であることに疑いはなかった。
その上、実際の若い頃にはまったく鍛えていなかったにもかかわらず今は全身に無駄のない筋肉がついた細マッチョになっていた。
やはり異世界に転移するにあたっての補正のお陰だろう。
自分の腹筋がはっきりと六つに割れている様子を初めて見た。いつからか、ずっとぽっこり出ていたのに。
パンツの中も確認したが残念ながらそちらは無補正だ。体毛は黒。
元の世界をどういう形で去ることになったのかは覚えていなかった。
トラックに突っ込まれた記憶はなかったし過労死の覚えもない。
VRMMOもやってはいなかったし誰かを助けて身代わりになった覚えもない。もちろん女神様のペットも助けてはいないはずだ。
けれども、俺は神隠し的な転移にあったわけではなく何らかの理由で死んだのだろう。
どういうわけかそんな認識を持っていた。
最期より以前の記憶については仕事も家族構成も自分の名前も何もかも覚えている。
ありがちだったが死の瞬間を思い出してしまうと精神が耐えられないからと、そこだけは思い出せないような処理が高次元の存在によって施されたのかも知れない。そういえば白い空間でそんな言葉を聞かされたような気もするがよく覚えてはいなかった。
要するに一度死んだ俺にとって、ある意味、
幸い異世界転生・転移物に対する
死んだ後の人生でまで何かを我慢する必要はもうないだろう。第二の人生は自由に生きよう。
俺は衛兵と入れ替わりになったギルドの職員に案内されて、まるで銀行の窓口のような探索者ギルドのカウンターに向かった。
今が何時かは分からないが街道を歩いていた際の日差しの感じでは午後だろう。
俺のイメージでは探索者ギルドの窓口が混むのは朝一番だ。次いで夕方の帰還時刻。
半端な時間帯なので担当者が休憩に入っている窓口があるのだろう。窓口の中には奥に誰も座っておらず別の窓口に並ぶように促すメッセージが書かれた小さな衝立で閉鎖された場所がいくつもある。
稼働している窓口には、それぞれ二、三組ずつ探索者たちが並んでいた。
なぜか一つだけ開いているのに誰も並んでいない窓口があった。
俺を連れた職員は十近くある窓口を右から左までさっと眺めてから誰も並んでいない窓口に視線を止めた。
カウンターの向こう側には探索者ギルドの茶色い制服を着た女性職員が座っている。
年齢は二十代半ばだろう。若返った俺よりも若そうだが受付に座る他の女性職員よりは明らかに一人だけ年配だった。大抵の女性職員は十代だろう。二十代半ばはベテランの年齢だ。
他の女性職員たちよりも圧倒的に背が高い。一八〇センチの俺よりも頭一つ分は高く見えるから二メートル近くありそうだ。異世界では珍しくない高さの身長なのかとも思ったが他の女性たちは俺より背が低い人しかいないので彼女が特別に高身長なのだろう。
サイズが少し足りていない窮屈そうな制服を着て、やや猫背気味に席に座っている。
眼鏡をかけていて生真面目そうな顔立ちの顔は受付嬢にしては化粧っ気に欠けていた。
茶色い長い髪を首の後ろで単純に束ねている。
「すぐ対応できるのはヘレンだけか」
男性職員は小声で呟いた。
「仕方ないな」
男性職員は俺を見ると、「担当者はいつでも変更できるからな」と囁いた。
どういう意味かと俺が聞き返す間もなく職員は窓口の大柄の女性に声をかけていた。彼女がヘレンなのだろう。
「食い詰め者だ。彼に探索者登録を頼む」
ギルドまで俺を連れて来てくれた衛兵と似たような言葉を言ってギルド職員はヘレンに俺を預けると、そそくさと自分の持ち場に戻って行った。
べつに食い詰めて逃げてきたわけじゃないんだけれども衛兵がギルドへ人を案内するという行為は食い詰め者の救済なのだろう。確かに今現在は無一文なので食い詰めている。
俺はヘレンと向き合うように椅子に座った。
ヘレンは大柄な上に猫背気味に座っているので真ん前に座るとのしかかられそうな威圧感だ。まるで熊でも前にしたみたいだった。
「こちらにご記入を」
ヘレンはカウンターに一枚の紙を置いた。『探索者登録申請書』とある。
俺が知っている異世界物の知識に、探索者は相手に舐められたらいけないから貴族相手でも敬語を使うな、というものがある。
そこまで極端だと首を刎ねられそうな気がするのでしないがギルドの職員と敬語でやりとりをするのはダメだろう。見るからに弱そうだと他の探索者に強請られる恐れもある。
心に余裕がありそうなフランクなやり取りを心がけよう。
俺は訊いた。
「登録にお金は必要?」
ヘレンは、にこりと微笑んだ。良かった。怖くない。
「大丈夫ですよ。代筆は必要ですか?」
「必要ない」
どういうわけか俺は異世界の言葉を話せていた。
同様にギルド内の至る所に掲示されている文書の文字も読める。書ける気もした。
ここでも異世界転移補正が働いているのだろう。
ペンを借り淡々と様式を埋めていく。
『ギン、男』と名前と性別の項目を順に埋めた。うっかり姓があると知られて『お貴族様ですか?』という不毛なテンプレやりとりは必要ないので書いたのは下の名前だけだ。
次の
「この
「【戦士】とか【斥候】とか探索者としての役割を示す職業ですね。これまでに鑑定を受けた御経験は?」
「ないんだ」
「それでは適性のある職業をお調べします。こちらの珠に手を置いて軽く握ってください」
ヘレンは台座に載った直径五センチほどの透明な水晶玉のような器具をカウンターの下から出してきてカウンター上に置いた。俗に言う魔道具なのだろう。台座からはコードが伸びていてカウンターの内側の人間だけに表面が見えるように置かれた石板に繋がっている。要するにタブレットだ。
前世で『高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』という言葉を聞いたり読んだりした経験があるが逆も真なのだろう。魔道具がとても科学的な装置に見える。
俺は珠を右手で軽く握った。
「スキャンを始めます。少しピリッときますが手を放さずに我慢してください」
珠が温かくなったと思うと掌から電気的な何かが俺の中に流れ込んできた。
右手から入って来た何かが俺の体内を頭から爪先まで一周した感覚がして再び掌を出て行った。終わったらしい。
ヘレンは俺からは見えないように石板の表面を見つめている。何だか微妙そうな表情だ。
意を決したようにヘレンが口を開いた。
「ギンさんには【支援魔法士】の適性があるようです」
「やった。じゃあ俺は魔法が使えるんだ」
手から流れ込んできた電気的な何かは魔力だったのだろう。探索者ギルドがある世界だからあるだろうとは思っていたが、やはり魔法があるようだ。
ヘレンに応えた俺の声は自分でもわかるくらいに弾んでいた。魔法がある世界ならば魔法が使えないよりも使えたほうがいい。
そう言えば白い空間で「何か希望はあるか?」と聞かれて「魔法を使いたい」と答えた覚えがある。「もうそれなりの歳なんで派手じゃなく、いぶし銀な格好いい役どころで」
なるほど。【支援魔法士】なんてそれっぽい名称だ。
ヘレンとのやりとりが聞こえていたのか俺の隣の窓口で丁度手続きを終えたらしい明るい赤毛の青年が「え!」と驚いたような声を上げた。
派手な赤い服と鎧を着て腰の左右にそれぞれ剣を下げている若い男だった。
十五、六、七歳? 前世での俺の息子よりも若いので俺的には子供にしか見えない。
悔しいが主役級のイケメンだ。
イケメンはまじまじと俺の顔を見つめている。
「【支援魔法士】ってハズレ職の【支援魔法士】のことですよね?」
自分の聞き間違えを疑ったのかイケメンは俺に訊いて来た。
いや、知らんけど。
青年の声が大きいので俺がハズレ職である事実がギルド内に丸聞こえだ。
列に並んでいる他の探索者たちが一斉に俺に目をやり、ざわりとした。
敬語が云々で目を付けられる以前の問題だ。
そっかぁ。俺ってハズレ職なんだ。
◆◆◆お願い◆◆◆
本作品は「カクヨムコンテスト10」に参加しています。
このような小説が好きだ。
おっさん頑張れ。
続きを早く書け。
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仁渓拝
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