第37話

「ほら。撮ってやるから、脱げよ」


 真っ当な仕事をしていないだろう男。

 僕の頬を掴んでいた手を離すと、机の中からカメラを取り出した。それと、壁にもたれかかっていた三脚を持ってくると、セッティングし始める。僕を脱がせた動画を撮影して、ゆする材料にするのかもしれない。


「あ、あの……。少しお手洗いに行きたいんですけども……」


 男は半笑いで答えてくる。


「はは、いいよ。そこで。そういう動画も需要あっから」


「は、はい……?」



「後で掃除すりゃいいから。下だけ脱いでもいいし。脱がないでなら、も高く売れるし。置いてってくれて構わないから」



 この男……、本当にどうにもならないかもしれない……。

 こういう時は「トイレに行く」と言えば、大体の場合切り抜けられると高をくくっていた。けど、こんなヤバいヤツだったとは……。こんな現場に、僕は一人で乗り込もうなんてしてたのか……。



「ほい。いつでもいいぞー。必要だったら、飲み物もあるから言ってくれな」


 このままじゃ、埒が明かない。どうにか逃げ道を探さないと……。



 男は機嫌良くカメラの準備をしている。

 この男は、自分の思い通りになる時は上機嫌になるみたいに見える。しばらく男の話に乗って、やり過ごすのが良いかもしれないけど、僕にできるのだろうか……。


 やるしかないか……。



「あ、あの……。それじゃあ……、飲み物を頂いても良いでしょうか……?」



 僕の言葉に、男はニヤニヤと笑い出した。殺風景に見えた部屋だが、男の手の届く範囲に全部集約されているらしい。机の下に小型の冷蔵庫があるようで、そこからペットボトルを取り出す。



「ほらよっ」


 男はペットボトルを投げてくる。それを片手でキャッチする。

 さすがに飲み物に変な薬が仕掛けてあるわけもないだろう。おそらく、この男の飲み物なのだろう。開けた形跡が無い蓋をゆっくり開ける。

 そして、それを少しづつ飲み進める。



「はは、良いじゃねぇか。覚悟が決まった目してるな。とはいえ、しばらくは出ないだろうな。動画撮っておくから、したくなったら言えなー」


「……はい」



 男は机の上にノートPCを出した。そして、カタカタとキーボードを叩いて、何かの仕事をするようだった。そうすると、僕は完全に放置にされる形になった。


 中途半端に勇気を振り絞ってみたけれども、結局どうにもならなかった。僕にはやっぱり何にもできないみたいだ。ここは、本当に漏らすしか……。



 ――カタカタカタ。



 しばらくキーボードの音だけが部屋に響いていたが、急に男が口を開いた。


「あ、そうか。今日は時間が無かったんだった。別件入ってるんだ……。まぁ、さっきの無しで。普通に契約書書いて帰ってくれて良いからねー」


「は、はい!」



 結局、契約書にサインしないとダメな状況に変わりはなかった。どうしようもない状態に変わりは無いけれども、強めの口調で迫っては来なくなったようだった。暴力されるかもという圧力が無くなったため、僕は少しだけ気が楽になってきた。



 もう、どうしようもない。

 そうだとしたら、あとのことを考えよう。今はこっそりと動画を撮ってるんだもんね。潜入捜査っぽく、なにか動画になりそうなネタでも撮って帰れれば、リサのチャンネルにも貢献できるかもしれないし。



「あ、あの……。このお仕事って、大変ですか……?」


「あぁー? YouTuberの事か? まぁ、大変だけど、みんな楽しそうにやってるぞ。やり方次第で、人気になるヤツは直ぐに芽が出るし」



 男はパソコンから目を離さずに答えてくる。どちらかというと、YouTuberでは無く、男の仕事を聞いたつもりだったのだが。あらためて質問してみる。



「い、いえ、お兄さんのお仕事が大変なのかなって……」


「はっ? あぁ、俺の仕事は大変だな。上からのノルマが厳しいんだわ。YouTuberを斡旋するってのも大変だし。なんか上の方曰く、YouTuberを集めて大きいことしたいんだとさ」



「……へぇ? チャンネル開設だけじゃなくて、何かをされるんですか?」


「いや、俺も分かんないけどな。なんか肝っ玉の座った女子集めてるんだってさ。俺も好きで脅してる訳じゃないんだけどな。悪いな」


 なんだか、思っていたよりも複雑な事情があるような話ぶりだ。とりあえず聞けるだけ聞き出そう。動画のネタになるかもしれない。

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