第36話

「君が、Youberをやりたいって子かな? えーっと、名前はちゃん?」


 あまり顔を見せないように俯きながら、こくこくと頷く。

 結局、僕は女装させられて、名前まで偽装したうえで『業者』として紹介してもらった会社の事務所へと来ていた。駅の近くの雑居ビルの一室。何の仕事をしているのかわからないくらい何もない、殺風景な部屋だった。


 一つだけ置かれている事務机に、普通の仕事はしていなさそうな男が座っている。

 やけに胸元を開けたワイシャツに、紫色のスーツ。これは、女の子じゃなくても怖いと思う。



「ふーん。そうなんだー? 大人しめの子に見えるけど。そんなにお金に困ってるの?」


「……はい」


 僕は、マナからの助言を思い出しつつ、受け答えをする。



 ――高めの声を心がけること。まともにしゃべってしまったら『男』だということが隠しきれないだろうから、短めの返答だけすること。少しかすれ気味でも良いから、出来る限り小声にすること。それがマナからの助言だった。




「ふーん? 最近のは大変なんだねー」


 男は特に気にする様子もなく、引き出しを開ける。そして、ごそごそと書類を出し始めた。

 書類は何枚かあるようで、どれも何かの条件がびっしりと書かれた書類だった。これがもしかすると……。



「これが契約書になってるからね。サッと読んじゃってサインしてね」


「……は、はい」


 ポケットに忍ばせたスマホは、録画を続けている。契約書がしっかりと映るように身体をもじもじと動かす。これが証拠になるはず。理不尽な要綱があれば、契約破棄をするのは簡単だってマナが言ってたから、その証拠さえ手に入れば……。



「どうしたの変な動きして。って、あれっ……?! もしかして、君さ……」


「え、あ、はい……?」



 男が席を立って僕の方へと近寄ってくる。何かバレてしまったのだろうか……。

 そうだとしたら、まずい……。どうにか騙さないと……。まだ撮影しきれてない……。

 男は僕の顔を覗き込んでくる。万事休すかと、僕は目を瞑る。




「意外と可愛い顔してるね」


「……へっ?」



 目を開けると、男の笑った顔が目の前にあった。ニコっとしながら、僕のお尻に手を当てながら話してくる。男の僕でもわかるくらい、嫌らしい手つきで撫でてくる。



「なにか迷ってるのかな? おじさんが、動画の撮り方を教えてあげようか? 君ならすぐに人気YouTuberになれそうだよ?」


「い、いえ……。そんなこと無いです……」


「大丈夫だよ。おじさんに任せてみなよ? おじさんが撮ってあげれば、すぐに人気になるからさー?」



 ……これは、とっても危ない気がする。リサもヒナも、こんな業者に絡まれて契約させられていたのか。ここまでの流れを見せれば、明らかに不当だと言えそうな気もするけれども。もう一押しの証拠が欲しい。


「あ、あの……。この契約って、お金が発生するんですか……?」


「そりゃあ、大人に頼み事しようっていうんだから、タダではないだろ?」



「そうなのですね……?」


「でも、Youtuberになっちゃえば、一瞬で稼げちゃう額だからさ」


 男は、僕の下半身から段々と手を上の方へと上らせて来る。絡みつく手は胸のあたりをまさぐってくる気だろう……。一旦拒んで逃げないと……。



「あれ、もしかして、経験とかないのかな……?」


「う、う……」


 少し強く拒むと、男の手は止まった。


「まぁ、追々だな。Youtuberとして払えなくなっても、稼げるバイトは用意しているから。安心してサインしちゃってよ」


「この契約、家でもう少し考えてから……」


 そう答えると、優しい口調で対応していた男は豹変した。



「あぁん……? ここまで来て契約しないって? やる気が無いのに、ここまで来たのかよ、おいっ!!!」


 僕の両頬を握りつぶすように掴んでくる。そして、ぐいぐいと顔を持ち上げられる。


「ここまで来て、何もしないで帰るなんて出来ねぇっつってんだよっっ!!!」


 このままだと、男とか女とか関係なく命の危険を感じた。

 きっと、今までの人たちはここまで脅される前にサインしてしまったのだろうけれども、これは明らかに違法だ。ここにサインなんてしてしまったら、僕も……。

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