第22話

「……さて。昨日の異臭騒ぎは、お前たちの仕業らしいな?」


 机と椅子だけが置かれた殺風景な部屋。

 生徒指導室なんて始めて来たけど、こんな風になっているらしい。刑事ドラマで見る取調室のような雰囲気だ。否が応でも緊張してしまう。


 それも、目の前に座るのは筋骨隆々な体育教師の太田おおたあつし先生。ジャージの上からでも胸板の厚さが分かる。



 ――ダンッ!!!


 太田先生は思い切り机を叩いた。鼓膜が破れるんじゃないかという破裂音が耳を突く。



「オイッ!! 返事はどうしたッ!!!」


「は、はいっ……! すいません……!」



 家庭科室で豚骨ラーメンを作っていた主犯ということで、僕とヒナは生徒指導室へと呼び出されていた。

 メインで動画に映っていたヒナはもちろんのこと、動画を撮っていた僕も同じく指導対象となってしまった。



「も、申し訳ありませんっ!!」


 生徒指導なんて初めてのことだ。どうすれば良いかなんてわからないので、頭を机に付けるようにして勢いよく謝る。こういう時は謝るしかないだろう……。


「豚骨ラーメン作るなんて、その後どうなっちまうか、わかるだろっ!!」

「は、はいっ……!」



 頭の上を太田先生の怒鳴り声が降りかかってくる。声だけで僕は押しつぶされてしまいそうだ。生徒指導って怖い……。

 ビビりまくっている僕に対して、ヒナはどこ吹く風という感じだ。よそ見しながらネイルをいじっているようだった。


「えーーっ? ちゃんと家庭科の先生に許可取ったんだよー? あーしが『放課後、豚骨ラーメン作っちゃうよーっ!』って言ったら、『おっけ!』って言ってくれたもん!」


「それは聞き方が悪いだろ! そんな適当に聞いたら、答える方も真面目には受け取らないだろ!」


 太田先生の言うことはもっともだ。言い訳になって無いし、怒っている人に対して火に油を注いでいるだけという気がする。

 それでも、ヒナは話を続ける。


「えー、ちゃんと豚骨見せながら聞いたんだよ? 『この骨割って出汁取るんだー。大丈夫だよね?』って聞いたらさ、『私の分も作っておいて』って言ってたよ?」


「なんだそりゃ……。もしかして、家庭科の先生って言ったら、あれか……?」



「そう、高橋たかはし千尋ちひろ先生! ちっひーだよ!」


「高橋先生か……」



 太田先生の怒る声が段々と弱まっていく。そう思っていたら、とうとう止まってしまった。おそるおそる顔を上げてみると、太田先生は頭を抱えてた。



「はぁ……。それでも、ダメなものはダメだろ……。まったく、高橋先生かぁ……。高橋先生は後で指導しておくか……」


 生徒指導を受けていたはずが、先生を指導する話になっているようだ。なんだかヒナが優勢になっている気がする。



も食べたかった? 豚骨ラーメン美味しかったよ?」


「あっ……? 俺のことをって呼ぶんじゃない!! そもそも、お前の生活態度が良くないのも問題だっ! それを指導だっ!!」



「良いじゃん、可愛い名前してるよ、あっちゃん! 指導だったら、場所変えて二人きりでしてよ? デートみたいにさっ」


「な、な、な……」


 太田先生の顔が赤くなり始めた。


「この部屋に来るたびにさー、デートしようって誘ってるのにー。あっちゃんってば、なかなかデートしてくれないじゃん?」

「そりゃあ、ダメだろっ!」



「それって、あーしに魅力が無いってことなの?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて……」


「んーもう、はっきりしないなー! 生徒指導のデートしてくれないなら、もういいよっ! あーし行くよっ?」


 ヒナは立ち上がり、僕の手を引っ張る。

 そして、太田先生から背中を向けると、僕に向かってウインクをした。これはヒナの予定通りということなのだろうか……?


「あっちゃんがデートしてくれないなら、恭介くんとデートするもんっ! じゃーねっ!」


「ちょ、ちょっと待て……」


 そのまま振り返らずに、ヒナと僕は生徒指導室を後にする。太田先生は、外までは追いかけてこなかった。おそらく、家庭科の高橋先生の存在が効いたのだろう。



 ヒナに引っ張られて廊下を歩<。


「ねっ! 上手くいったっしょ?」

「確かに、指導されずに済んだ気がする……。ありがとう、っていえばいいのかな?」


 ヒナは嬉しそうに笑った。


「お礼なんていいよ。けど、どうしてもお礼したいっていうなら動画撮ってよ! あーし、一人の動画っ!」


 ヒナは、僕の手をギュッと引いてくる。ヒナのギャルメイク顔が目の前まで近づいて来る。



「あーしさ、リサさんの動画見たよ? リサさんのエッチな動画。私のも撮ってみてよ? あーしなら上手くバズれる気がするよっ!」

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