第13話

「健全じゃないといけないの。健全じゃないと!」


 ぷりぷりと怒りながら、マナは屈伸運動を始める。リズミカルに「一、二っ!」の掛け声と共に、膝に手をついてしゃがむ。「三、四っ!」と言って、今度は立って膝を伸ばす。

 続けて「五、六っ! 七、八っ!」と同じ動きを繰り返す。


 それを正面から撮る。単純に準備体操をしているだけという映像だ。マナの幼児体型も相まって、小学生だった頃の記憶が蘇るような、そんな準備体操。

 マナの言う通り健全だ。これなら、いやらしい目で見る人も少ないだろう。一部界隈にはとてつもなく受けそうな気もするけれども……。


 マナは屈伸運動を二セットすると、リサをカメラの前へと呼び出す。


「これだよ、リサさん。ただこれをするだけで良いの。それだけで再生数バッチリ稼げるから、やってみて!」

「は、はい。本当かどうかは疑わしいですけれども……」


 マナに促されるまま、リサはカメラの前に立ち、マナはカメラからフェードアウトしていった。しっかりカメラ目線を意識して、一度頷いてから掛け声を出し始める。おそらく編集点を作ってくれたのだろう。細かな気遣いが、少し嬉しい気もする。


「一、ニっ! 三、四っ!」


 リサは屈伸運動を始める。マナとは違い四肢が長いので、屈伸している姿だけでも絵になる。

 そして、先ほどとは違って、爽やかさが出ている気がする。


 僕はマナに言われた通り、画角を固定して撮る。特定の個所にズームアップしてしまうとダメらしいのだ。撮る側としては、特にすることが無くなってしまうので、本当にこれでいいのかと不安にはなる。これだと本当に、準備運動しているだけの動画じゃないかな……?


 リサも、マナと同じくニセット分屈伸運動をする。それが、終わったのでカメラを止めた。


「オッケー!」


 撮影が終わると、マナの機嫌は良くなったようだった。


「じゃあ、恭介はこの動画を今夜投稿しておいてね。こんなもんで良いでしょ」


「こ、これで良いんですか? ただの準備体操をしただけでしたけども……。もっと、女性的な部分を強調した方が良かったりしないですか……?」



 リサが困惑していると、マナは一喝入れた。


「それがダメなの! 不適切な投稿を三回やったらアカウントがBANされるんだよ? リスク取ってまでやることじゃないの。これくらいで様子見していくのが良いの」


「そうなんですか? じゃ、じゃあ慎重にしないと……。今のチャンネルが無くなっちゃったら、私の活動が意味なくなっちゃうし……」



 リサは素直に従うようだった。難しい顔をしながら、ぶつぶつ独り言を言って自分を納得させているようだ。ただの露出狂っていうだけじゃないのかもしれない。バズりたいって言ってたけど、何か目的があるんだろうか……?


「まぁ、やることはこれだけじゃないけどね!」


 マナは再度カメラの前に来ると、少し股を広げて立つ。腕を身体の前で交差して、片方の腕を伸ばすストレッチをする。


「次は、肩と腕をほぐすストレッチ。健康的な雰囲気で撮っていくの」

「は、はい。わかりました」


「一回で長い動画を撮っても難しくてね、初めて見る人に対しては優しくないんだよ。まずは、あっさり目なショート動画を連発して、認知度を上げていくの。バズるためには基礎作りが大事ってとこね」

「なるほど……?」


「リサさんは分かってないかもだけど、バズる動画って一発ではバズって無いんだよ?」

「そうなんですか?」


「一日一動画を投稿する。それで、徐々にチャンネル登録者数を増やしていくのが大事なの。それがあって、初めてバズるための準備ができるっていうわけ。最初に出来たファン達が口コミで広げてくれるの。その母数が少な過ぎると広がるのは難しい。戦略が無いと上がっていけないぞ?」


 マナは得意気に笑って、リサのみぞおち辺りをつついた。楽しそうにしているマナは、リサよりも可愛いかもしれない。キラキラと眩しい笑顔がそこにあった。


「私を信じてついてきなよっ! バズらせてあげるから!」

「は、はいっ!!」


 リサは嬉しそうに笑うと、頭一つ分身長が違うマナのことを抱きしめた。リサの胸にマナは埋まってしまった。


「マナさんに頼もし過ぎます! 私付いて行きますーーっ! 大好きですー!!」

「イタイイタイって! ばかばかっ!! リサさんは力強いんだから、気を付けてよっ!!」


 僕は、楽しそうにする二人のことを動画に収めた。こういう動画の方がファンは増えそうな気もするけどな。とりあえず残しておこう。


 それにしても、マナがこんなに協力するとは思わなかったな。腹黒いマナのことだから、何か裏が無くもないだろうけど。何を企んでいるんだろう……?

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