第5話

「おっはよー、恭介!……って、目どうしたんだ?」


 教室で陽気に話しかけてくるのは、数少ない友達の雄太郎だ。金色の短髪を立てて、派手な赤色のTシャツをワイシャツの中に着込んでいる。ちょっと目立つような男子だから、僕とはかけ離れた存在だけれども、幼馴染という関係上成り行きで僕のことを友達として扱ってくれている。


「昨日は、全然寝れなかったんだ……」


 疲れてぐったりとする僕の顔をじろじろと眺めてくる雄太郎。僕は机に突っ伏す。


「そんなになるまで何やってたんだよ?」

「いや、何もできてないんだよ……。眠ろうとしても、瞼の裏にまで動画が映るし……、何も手につかなかったよ……」


「お前、Youtube見過ぎなんじゃないのか? いくら好きでも、見過ぎは身体に悪いぞ?」

「そうだよね。絶対に身体に悪いよね。寝る前だっていうのに、全力失踪したくらいドキドキしちゃって……」


「はー? それはどんな動画を見てたんだよ、まったく。目が充血するくらいまでよ。鏡見てみろよ」


 そう言って雄太郎はポケットから手鏡を出した。オシャレに気を付けているだけあって、男子だけれどもそういう物を持ち歩いているらしい。


 目の前に出された鏡の中には、真っ赤に充血していた僕の姿があった。

 昨日見たブラジャーが瞼の裏に焼き付いてたと思っていたけど、目玉の方にも焼き付いてしまったようだ。充血している血管の具合が、薄く編み込まれていたリサのブラジャーに見えてくる。動揺して揺れる二つの眼球は、ぽよんぽよん揺れる中華まんにも見えてくる。

 ……僕はもうダメかもしれない。



「……そうだ。モテモテの雄太郎になら相談できるかな。女子の下着姿って見たことある?」

「あ? やっぱりお前おかしいぞ、らしくもない。いつもだったら、『猥褻な動画は通報してやる!』なんて言ってる方だろ? そんな動画見てたのか?」


「いつもは通報する側だけども、そうじゃなくってさ。実際に至近距離で見ちゃったら、刺激が凄くて……。女子とお付き合いするって、ハードなんだね」

「え、全然話が見えないぞ? 女子と付き合う? お前からそんな話一切聞いたこ……」



 雄太郎が驚いているところを遮って、一人の女子が話に割り込んできた。


「恭介が付き合う? なになにその話? 詳しく聞きたいな?」


「……えっと?」

「目が充血するまで女子の下着姿を見てたって? それで、付き合う妄想でもしちやったの? そのお話、詳しく聞きたいなー? 恭介?」


 やってきたのは、もう一人の幼馴染のマナ。僕と、雄太郎とマナ。この三人組がいつものセットだったりする。僕が友達と呼べるのは、この二人だけ。みんな僕のところへ話しかけに来てくれるから、僕は教室の外へは一歩も出ないで済んでいる。

 マナは、首を右へ左へ動かして、僕の答えを待っているようだ。


「恭介? 早く言って楽になりな?」


 可愛い声とは裏腹に、マナの目は笑っていなかった。マナは周りから見れば、学校でも上位クラスに入る可愛さだとは思う。小さい身長に、クリッとした目が印象的だ。小動物のような可愛さがある。

 男子からは人気が高いけれども、僕は小さい頃からずっと一緒にいたから、マナのことだけは女子としては見れない。一緒にい過ぎて、どちらかといえば兄弟のような関係だ。

 マナの方が小さいから、僕の弟的な存在だ。


「どんな娘と付き合うって? 私が判断してあげるから言ってごらん? たとえどんな女子だろうと、絶対に却下してあげるから! その女子の過去を根掘り葉掘り調べて、黒歴史引っ張り出してきて。生まれてきたことを後悔させてあげるから!」

「それ、ダメじゃん……」


 マナは笑顔を崩さないまま、ポケットからスマホを取り出した。何かを入力すると、僕の方へと見せて来た。


「私には、強力な自白剤があるんだよー? 昨日ね、こんなYoutube動画を見つけたんだ、私って、すごくない? 見つける天才!」


 見せてきたのは、僕の好きなゲームの実況動画だった。人気のあるゲームなのに、再生数は一桁だけという全く人気の無い動画だ。

 ただ、何故だか見覚えのあるサムネイルと、チャンネル名がそこにはあった……。



「これ、私にはバレているんだよー? 声でバレバレだし。しゃべり方もいつもと同じ口調。趣味だって何も隠さず言っちゃってるじゃん?」

「あっ……。これ、ぼ、ぼ、僕のチャンネル!? どうして見つかっちゃったの……!」


 慌てている僕をからかうように、マナは嬉しそうに笑った。先ほどまでとは違い、今度は目が笑っている。


「私もね、たまたまゲームの実況を見たくなっちゃってね。それで見つけたんだけどさ。これは真っ黒な黒歴史だよね。はは」

「うぅー……。Youtuberになるって、誰でも一度は憧れちゃうじゃん……」


 充血した目で嬉しそうにしているマナを見つめていると、勢いよく教室のドアが開け放たれた。


 そこに立っていたのは、リサだった。



「いたいた、恭介くんっ! 昨日の続きしよう!」

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