第8話 高慢と豪胆
「お前は!! 何をしている!!」
袋の化物に槍を投げたシュクを見つけて、門番のおそらくはリーダー格だと思われる男が猛る。
「この化物は!お前の仕業か!このっ『人喰い』めっ!!」
門番たちは、袋の化物に向けていた槍を、今度はシュクに向けた。
おそらくは、混乱しているのだろう。
明らかに異常な化物と出会い、心に少しでも余裕を求めたのだ。
その結果、彼が選んだのは、誰かを罵倒すること。
全ての責任を、悪いことを、シュクに……クラウに押し付けること。
なぜなら、クラウは『人喰い王子』だから。
この区画で、もっとも小さく、汚い小屋に住む、弱い人間だから。
彼らの高慢な尊厳を守るのに、最適な存在だったから。
「お前は、私がころ……」
「黙れ」
門番の声を遮るように、重く、冷たく、深淵の闇のような声が響く。
その声を発したのは、門番達が槍を向けていたシュクだった。
「今、私が、お前達を助けたんだ。黙ってその幸運を受け入れろ」
「う……あ……」
シュクに睨まれ、門番達は膝をつく。
立っていられないほどの『圧』が、シュクから発せられている。
「そして、目障りだから、消せ、気配を。怪異に、私に悟られないように。極限まで己を殺していろ。人の善行を邪魔するな」
シュクの言葉に従うように、門番達は、槍から手を離し、その場に蹲った。
まるで、路傍の石のように、ギュッと身を丸めている。
大切な物を守るように。
己の命を、守るように。
そこに、高慢さも、尊厳も、残ってはいなかった。
「ったく。せっかく良い気分だったのに、台無しだ。ああいう奴ってたまに出てくるよな。助けられていることにも気づけないで、騒ぐだけの邪魔が……」
門番達がちゃんと己を殺していることを確認して、シュクは袋の化物に向き直る。
「アレ イキテイル シタイ ジャナイ」
「ようやく気がついたか。条件は……距離か?それにしても、ちょっと鈍すぎるけどな」
「ワルイコ ワルイコ」
「言動も一辺倒というか……でも、悪い子って、心外だな。今、人助けをしたばっかりだぞ? しかも、自分に敵意を向けるようなクズを助けるってとびきりの善行だ。これは、私はイイコなのでは?」
「ワルイコ! ワルイコ!! イキテイル!! ワルイコ!!」
「生きている事が罪 性悪説かな。それとも、この美しさが罪、的な?」
「ワルイコ!!」
キラキラと背景に星は出しそうなポーズを決めたシュクに、袋の化物が殴りかかる。
「おっと!!? 危ない!」
シュクは、袋の化物の攻撃を避ける。
「動きは早いんだけどな。なんで索敵能力だけこんなに低いのか……やっぱり、アイツが凄いのか?」
「ワルイコ!! ワルイコ!!」
「とりあえず、色々気になることはあるし、ちょっと戯れ合うか」
賊たちの頭を簡単につぶしてきた、袋の化物の剛腕が、シュクに向かう。
それを、シュクは手のひらを使い、簡単に軌道を変えてしまった。
「……威力はあるな。多分プロボクサーとかにはなれるんじゃない?」
「ワルイコ!! ワルイコ! シンデナイ!! ワルイコ!!」
速さ、強さ、そのどちらも兼ね備えている袋の化物の拳を、シュクは簡単に捌いていく。
「プロボクサーになれるって褒めたのに、良い子じゃない? 私」
「ワルイ!! コ!!」
袋の化物は、両手を使い、シュクを叩き潰そうとする。
しかし、そのような大ぶりな攻撃が当たるはずもなく、袋の化物の一撃は、地面に穴を空けるだけだった。
もっとも、その穴は人1人が容易に入れそうなほどの大きな穴だが。
そんな、充分に人を殺せる化物の強力な攻撃を見て、シュクは悩む。
「んー……こんなモノか。許可はもらえたけど、わざわざ味わうほどでもないかも。せっかく、多少の怪我ならちゃんと治すからって条件で許してもらえたのに」
シュクは、建物に置いてきたクラウに目を向ける。
黒いタヌキのようなクラウは、心配そうにシュクのことを見ていた。
「……アレ、自分の体のことじゃなくて、私のことを気遣っているよね。良いやつだよ、本当に……まぁ、さすがに、チンチ⚪︎を切るのはダメみたいだけど」
「ワルイコ!!!!!!」
「そんな奴をワルイコっていうのは……ちょっと許せないかな」
袋の化物の攻撃を避けながら、シュクは、懐からあるモノを取り出す。
それは、先ほど気絶していた門番から拝借した袋。
そのなかには、この世界のお金が……硬貨が入っていた。
その硬貨を1枚、シュクは自分の人差し指の上に乗せる。
「こっくりさん こっくりさん おいでください」
そして、シュクは唱え始める。
それは、おそらくはシュクが生まれ育った国で、最も有名な降霊術の呪文。
その呪文を唱えている間は、シュクがどれだけ動いても、人差し指の硬貨は落ちない。
まるで、シュクの指に張り付いているように……何かが取り憑いたように。
「おいでになりましたら……私に従え」
最後だけ、文言を変えて……恐ろしいほどの高慢な……いや、豪胆な言葉で呪文を終えると同時に世界が裂けるような轟音が響く。
「見つけたぞ、シュク」
音と共に、シュクの人差し指の上に小さな銀色のキツネが現れる。
そのキツネは、九本の尻尾を持っていた。
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