第7話 クラウの『術』
「シタイ シタイ イイコ イイコ」
袋の化物は、満足そうにシュクの体を回収していく。
「これがクラウの『術』?」
「ああ」
その様子を近くの建物の影から見ているのは、先ほど袋の化物に頭を握りつぶされたはずのシュクだった。
「俺は、『肉』を作り出せる『術』を持っている」
「その肉を私の頭が掴まれる前に出して、囮にした、と。急に人の体が出てきてびっくりしたよ」
「俺としては、詳しい打ち合わせも練習もなしに、咄嗟に出した『肉人形』を身代わりにして、この建物の影に隠れた事が驚きだけどな。本当は中に入ってから、隠れてするつもりだったが……」
「『呪い』対策で身代わりは定番だからね。あれくらいならいつでも出来るよん」
軽口を言い合いながら、シュク達は袋の化物の様子を観察する。
「気づく様子はないな」
「そうだね。小声とはいえ、会話をしているのに反応がない。あまり耳は良くないのかもね」
袋の化物は、楽しそうにシュクの体を袋に詰め続けている。
「風下だし、臭いに敏感じゃなければ、気づかないかも」
「そうなのか」
クラウの言葉に、シュクは引っかかる。
「もしかして、風下だからこの建物を選んだってわけじゃないのかな?」
「近くにある一瞬でもあの化物から姿を隠せる場所を選んだだけだ……しかし、そうか、風向きなども考慮するべきだったか」
ふむふむと真面目に反省するクラウに、シュクはからかう気持ちが失せる。
「まぁ、いいや。とりあえずはあの化物だね。多分、目も悪そうだがら、五感全てが弱いって考えてもいいかも」
これだけ話していても、袋の化物がシュク達に気づく気配はない。
「しかし、それならば、あの化物はどうやって相手を選び、襲ってくるのだ?」
「多分だけど、条件かな?」
「条件?」
「ああいった化物、怪異とかは、条件を満たした者に襲いかかってくることが多い。今回もそうだろうね」
シュクは、袋の化物をじっと見る。
「あの化物は、ざっくりいうと、死体は回収する。生きている者は死体にする。死体を運んでいる者には協力するって条件で動いているんだろうね。本当はもう少し細かいだろうけど。今私たちを襲ってくる気配もないし目印とかもあるだろうね」
「目印?」
「ターゲットの髪とか、爪とかを渡して目標を明確にするんだよ。そうすることでより強力に、怪異を動かすことが出来る」
「……アレはやはり、誰かが使役しているモノなのか」
クラウの声は落ち込んでいるようだった。
「ま、確実にそうでしょ。襲ってきた人たちは明らかにその存在を知っていたし。任務が失敗したときの保険だったんだろうね」
「保険……自分の部下を、あのようにする保険か」
「そういう保険を持つ奴は多いよ。悪党には特にね。それより私が気になったのは、あの化物を騙せているってことなんだよね」
「……どういうことだ?」
「いや、さっきもいったけど、あの化物は明確に目標を決められている可能性が高い。どこかでクラウの……この体の髪とか爪とかを手に入れて。なのに、短時間ならまだしも、こんな長時間気づかないなんてさ」
「それは、何か変なのか?」
「んー……まぁ、下手くそが操っていたら、そんなこともあるかもしれないけどね。それか、相手が手に入れたクラウの体の一部が、ごく少量だったとか」
「ごく少量?」
「ハナクソのカケラとか」
「……たのむから、俺の体でそのようなことは言わないでくれ」
クラウの懇願を、シュクは聞かないふりをする。
そんな会話をしている間、袋の怪物は何をしているのかというと、まだ門の前にいた。
「カエル カエル シタイ シタイ」
主人の元に帰ろうとしているのだろう。
門にぶつかりながら、前進している。
まるで、壁にぶつかったロボットだ。
「門を通れないのか?」
「門が開いている前提だったんでしょ。元々、死体を持って帰る事だけが目的だったなら、色々予定がおかしくなってもしょうがないのか……でも、マズイかも」
「何がだ?」
「いや、このままじゃ……クラウ。ちょっとお願いしていい?」
「なんだ?」
「本当に悪いと思うんだけど……」
シュクはクラウから了承を得る。
「ん……うん?」
一方、袋の化物の声が聞こえたのか、シュクが殴り倒した門番達が起き始めた。
「何が……うわぁああああ!? 何だ!!」
そして、袋の化物を見て、騒ぎ始める。
「ヒィ!? 化物だ!!」
「起きろ! 起きろ!!」
「殺されるぞ!!」
後退りながら、袋の化物に槍を向けて、騒ぎ立てるそのようすは、どう見ても敵意しかない。
「ンーンーウルサイ ウルサイ モシカシテ ワルイコ」
そんな敵意を向けられれば、条件で動く怪異でも、反応する。
反応してしまう。
敵は殺せ、と。
「ワルイコ ワルイコ シタイ シタイ」
「っは!?」
門番の1人の頭の上に、袋の化物は手を乗せる。
それは、これまで幾度も見た光景。
門番の頭が、紅く弾ける、その手前。
「カイシュウ カイ……」
袋の化物の腕に、槍が刺さっていた。
「義理はないけど……見捨てる義務もないし、今は気分がいい」
その槍を投げたのは、建物の影に隠れていたシュクだ。
「せっかくの異世界の呪いだ……許可も得たし、ちょっと呪われてみるか」
シュクは、とても楽しそうに笑うのだった。
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