第4話 慣れない逃走
一見、見回りの兵士のような格好をした男たちが1人の女性に従い歩いている。
「ったく、なんでこんな事しないといけなんだよ」
「文句をいうな。簡単な任務だろ」
男の愚痴に、先頭を歩いている女性が注意をした。
「しかし、死体の回収だろ? しかも、それがあの王子とか」
「いい加減にしろ。今回の任務には、アレもいるんだぞ」
女性の視線の先には、木が立っているだけで、一見すると何もいない。
だが、風もないのに、その木は微かに揺れていた。
「心配しなくても、アレは万が一のため、だろ?王子は死んでいるんだ。万が一もない」
「それでも、だ。少なくない金を門番に握らせているんだ。さっさとするぞ」
「へいへい」
「ほら、屋敷に着いたぞ」
女性の言う通り、目標としていた王子の屋敷が見える。
「屋敷っていうより、小屋だな。俺の借家より小さいぞ」
文句を言っていた男が鼻で笑う。
「……立場を考えれば、これでも上等だろう」
「言いますねえ。仮にも相手は王族だっていうのに」
文句を言っていた男が、注意をしていた女性の言葉聞いて嬉しそうに笑う。
「……私は真面目に仕事をしろと言っていただけだからな」
「へいへい。じゃあ、さっさと死体を回収しますか」
笑いながら、女性の指示に従い、男達は目標としていた王子の屋敷の扉を開けようとする。
その時だった。
扉が急に開かれて、中から誰かが飛び出してきたのだ。
「……んな!?」
「逃げられないでしょ」
飛び出してきたのは、彼らが目標としていた、つまり、死体を運び出す予定だった王子、クラウだった。
「な、なんで生きていやがる!?」
「おい、ぼーっとするな!捕まえるぞ!」
「お、おう!!」
女性の叱責を受けて男達はすぐにクラウを捕まえようとしたが、遅かった。
すでに、クラウは彼女達の間を通り抜けていたからだ。
「うーん……」
「ギリギリだったな。包囲がお粗末だったから、容易に通り抜けられたが」
「まだ、安心するのは早いかも」
クラウを狙っていた賊から逃げ出したシュクは、肩に乗せているクラウにいう。
「それはそうだな。このまま見逃してくれるとありがたいが、そうとも思えないしな……」
「ん、それもあるけどさ」
すると、急にガクンとシュクの体勢が崩れた。
「おわっ!?」
慌てて、クラウはシュクの体にしがみつく。
「どうした!?」
「ゴメンゴメン。やっぱり、慣れていない体だから、手足の長さが違って、ちょっと走りにくい」
「そうなのか」
「体の一部が変わるのには慣れているけど、全身が性別ごと変わった経験はさすがに無くてね」
「一部が変わることには慣れているのか……?」
「そりゃあ、『祠壊師』なので、呪いの定番でしょ? 体が変わるの」
「そうなのか?」
そんな話をしながらも、シュクは少しだけ首を傾げながら走っていた。
「大丈夫か? 走るのが難しいなら、どこかに身を隠す方が……」
いくつかの建物が見えて、シュクは怪訝な顔をする。
「クラウって王子様だよね?」
「あぁ」
「なんか、クラウがいた小屋……部屋より、立派な建物ばかりじゃない?」
シュクの言う通り、少し走ると、クラウのいた小屋の数倍は大きな建物が並んでいた。
「そういうことも、ある」
クラウの返事に込められた寂しさを感じ取り、シュクはそれ以上聞くのをやめた。
「ま、いいや。とりあえずこのまま逃げよう」
「無理はするなよ? キツイなら隠れて……」
「キツイというか、なんか、真ん中がプラプラして気持ち悪いなって」
シュクは、そう言って股間を見る。
「……切り落としていい? 邪魔だし」
「やめろバカ! 人の体をなんだと思っている!?」
「あー! 邪魔だよ、まったく!!なんでこんなにプラプラするの!? おち◯ちんって!」
「そんな言葉を叫ぶな!お前、胸があったという事は女だったのだろう!?」
「シュクちゃんは美少女人気配信者JKだけど、おち◯ちんって言っても許される系の美少女なんだよ!!」
「どんな美少女だ!!」
そんなことを言っているが、どうやらクラウの体の扱いになれたようで、シュクはもう、体勢を崩すことなく走れるようになっていた。
「で、どこに逃げる?とりあえず建物を利用して撒くように走っているけど」
すでに、クラウの屋敷を取り囲もうとしていた男達の姿は見えなくなっている。
「器用だな。西の方に行けば『後宮』の中心だ。まだ働いている女官がいるだろうから、今回の件に関係の無い者に助けを求めることができれば、一時的とはいえ、助かる……かもしれない」
「えっ!?今、後宮って言った??」
「言ったが……それがどうした?」
「いや、後宮っていえば、女の園だよね? なんで王子が後宮に?」
「……その話をすると色々脱線しそうだから、やめておくぞ」
「えー聞きたいー」
クラウの部屋の大きさについては我慢出来たが、後宮の話は耐えられなかったようで、駄々をこねるシュクを、クラウは無視する。
「とにかく、今は逃げるのが先決だろう?」
「それはそうだけど。というか、ここが後宮って事は、さっきの男の人達って『宦官』なの?」
賊の1人は女性だったが、残りは体格から男だった。
「おそらくは、そうだろう。宦官以外の男が後宮に侵入するのは難しいからな」
「マジかぁ。あの人達、『宦官』というエロい存在だったのかぁ」
「宦官がエロいという感性は流石に分からないぞ?いや、お前の感性にはずっとついていけていないが」
クラウはおぞましいモノを見る目をシュクに向ける。
「そう?ま、それはそれとして……なんか、絶対に安全って場所はないの?一応、後宮は動き回れるんだよね?住んでいるくらいだし」
「ない」
はっきりと、クラウは言い切る。
「そう。ということは、後宮から抜け出して、王様の所に行く、とかもダメ?」
「……ああ。俺が王様のおられる宮殿に近づけば、それだけで死罪になる可能性がある。そもそも、後宮からは抜け出せないからな」
「そっか」
そんな会話をしている間に、シュクは門番が立っている門をみつけた。
ただ、門は開いており、そして門番達は外ではなく、内側を、つまり、クラウの屋敷を方をみている。
「さて……あの門番さんたちは安全なのかな?」
「……屋敷を取り囲もうとしていた者達を素通りさせた門番だからな。買収されている可能性は高いな」
「ここ以外に、門はある?」
「あるが、同じような可能性が高い」
シュクは周囲の壁を見る。
「登れそうだけど……」
「登った時点で目立つし、ここは後宮だ。そのような行動を俺がすれば、死罪だろう」
「んー本当に、何をしたのクラウ? 王子様が後宮にいるし、その壁を登っただけで死刑とか、ありえないでしょ。しかも、明らかに危ない状況なのに」
そろそろ、なぜクラウがそこまで嫌われているのか知りたいとシュクは質問した。
「それは……」
その、シュクの問いにクラウが答えようか悩んでいると、遠くから声が聞こえてくる。
「おい、いたぞ! 『人喰い王子』だ!!」
クラウの部屋を取り囲もうとしていた賊達が、こちらに向けて悠々と歩いてきていた。
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