第2話 獣に憑依した少年 クラウ

 小さな小屋の隅で、身なりの良い少年が倒れている。


「はっ・・・・・・ぁ・・・・・・っ・・・・・・」


 少年の身体中から汗が噴き出ており、口には血も溜まっていた。


 目の血管は弾けそうな程に浮き上がり、しかし、光は届かない。


痛い 痛い 痛い

寒い 寒い 寒い

痒い 痒い 痒い

熱い 熱い 熱い・・・・・・


 あらゆる苦痛が少年を襲っていた。


 呼吸さえ満足にできなくなり、身体中の感覚が『痛み』を残して無くなっていく。


(ここまでか・・・・・・)


 助けを呼ぼうにも、誰もない。


 痛みに埋め尽くされた彼の思考に、かろうじて刻まれたのは、諦めの言葉だった。


(どうせ、俺には何もない。周囲の者から疎まれ、避けられるだけの人生。こうなることは、必然だ)


 少年がいる小屋から少し離れた場所で、誰かが楽しいそうに話している声が聞こえてくる。


 誰かのそんな声が聞こえてくるほどに、少年の周りには誰もない。


 何もない。


 自分が今苦しめられているこの痛みは、悪意ある者によって引き起こされていることを少年は知っていた。


 そして、その悪意ある者は、自分よりもよほど強大な力を持っていることも。


 ゆえに、少年は拳を握る。


 生きるために足掻くのではない。


(せめて、この苦痛が少しでも楽になれば・・・・・・)


 可能な限りの、安らかなとき。


 痛みからの解放。


 死の間際、少年の願いはただそれだけだった。


 そして、その願いは叶う。


「・・・・・・ん?」


 突如、少年の体は軽くなり、同時に視点が変わる。


 光が入らなくなった視界で、少年は、自分の体を自分で見ていた。


 大きくなった、自分の体を。


「どういう・・・・・・」


「・・・・・・あっぶない!! 死ぬところだった!! はぁ、焦ったぁぁぁ・・・・・・すぐに動けるほど幽体離脱には慣れていないんだよね、私」


 そして、大きくなった少年の体が突然動き始めた。


 動き始めた少年は、周囲をキョロキョロと見回す。


「で、ここ、どこ? なんか、中華とかアジアの歴史物のドラマに出てくる建物みたいだけど・・・・・・どっかのスタジオにでも飛ばされた?」


 大きくなった少年の体と、その周囲の物を比較して、少年は気がついた。


(そうか、俺の体が大きくなったんじゃない)


「ん? タヌキ? かな?」


(俺の体が、小さくなったのか)


 少年の魂は、小さな獣に憑依しており、大きな体の少年は・・・・・・つまり、元の自分の体は、誰かに乗っ取られていた。









 祠を壊した『祠壊師』のシュクは、闇に蠢く手のようなモノに魂をひきづり出されて、気がついたら見知らぬ場所にいた。


「タヌキかぁ、可愛いね? お名前はなんていうの?」


 中華系の歴史物ドラマを撮影するような小屋の端にいたタヌキのような生き物に、シュクは話かける。


 すると、タヌキような生き物は、器用に二本足で立ち上がると、前足をお腹の前で合わせた。


「私は壺国(グァン)の王が13番目の子 クラウという」


「へぇ、やっぱり喋れるんだ」


 何やら驚いた様子の、言葉を発したタヌキ、クラウをシュクは捕まえる。


「・・・・・・やっぱり?自分でも、言葉を発せたことに驚いているのだが・・・・・・これは、ヒトの体ではないだろう?」


「意思疎通できる存在は、魂が違うから、見たらわかるよ。というか、その体は、はじめてなのかな? ずいぶん馴染んでいるように見えたけど」


「はじめても何も、私の体は今、貴方が使っているだろう?」


「へ?」


 クラウに指摘されて、改めてシュクは自分の体を見てみた。


 着たこともない、中華系の昔の人が寝巻きにしてそうな服を身につけている。


 それに、何より大切なモノがない。


「私のおっぱい!! どこ!?」


 シュクは慌てて自分の胸に手を当てる。


 硬い触感しか返ってこない。


「私のほどほどに大きくて形の良いおっぱいが!? 一緒にお風呂に入るとフックンが恥ずかしそうにチラチラとこっちをみてくる綺麗な私のおっぱいがない!?」


「貴方は何を言っているんだ?」


 混乱しているシュクにクラウは呆れた目を向ける。


「うぅぅ・・・・・・だって、気に入っていたんだもん。おっぱい。クラウも好きでしょう?」


「なっ!? それは・・・・・・というかだな、我々は他に話すことがあるのでは・・・・・・」


「はーぁー。おっぱい。ぱいぱい。私のおっぱい。いや、この体にもおっぱいはあるけど、雄っぱいは別にどうでもいいというか、筋肉バキバキで、筋肉ピクピクなら、私も話を変えるけど、これはあんまりにも・・・・・・って、もしかして!」


 ペタペタと自分の胸部を確認した後、急にシュクは袴を下ろす。


「・・・・・・やった!! おち⚪︎ちんがある!!!!!」


「お前は何をやっているんだ!!!!!」


 シュクの頭に、クラウは飛びかかって蹴りを入れる。


「痛い!? いや、無くなったし、有るのか確認しないといけないな、って」


「くそ、自分の体に蹴りを・・・・・・ったく、お前は一体何なのだ?人の体に乗り移って・・・・・・」


 はぁはぁと息を荒くしながら、クラウはシュクを睨んだ。


 一方、シュクはとりあえず袴を戻す。


「私の名前はシュク。『祠壊師』をしている今をときめく現役JKの人気配信者。ところで、クラウっていったっけ? 君の体、どうして『呪われている』の?」


 真っ黒に染まった指先を見せながら、シュクはクラウに質問した。

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