第37話 選ばれた理由

「まさか夢咲有栖から断りの連絡が来るとわな」


 三次試験という名の事実上最終試験を終えた翌日、シズドルの事務所の椅子に腰を掛けながら長谷川は溜息を吐いた。


「そのわりに長谷川さんはそこまで慌ててないように見えるけど?」

「奈々子の観察眼は流石だな」

「あの子は長谷川さんのお目にもかかったのね」

「そうだな。 ルックス、性格、そして二人が求めていたシーズンカードに対する理解度、そのどれもが十分俺の期待を超えてくれたよ」


 ただの一般人だから事務所の契約等も全て楽に出来るのもいいな、と長谷川は本音とも冗談ともとれる言葉を加えて笑った。


「素質を見抜く目で言うなら彼女を一次試験から選んだ京子こそ対金星かもな」


 ガハハと笑いながらソファに座る京子に長谷川は話しかける。長谷川の上機嫌な態度からシズドルの新しいメンバーとして天音舞花が選ばれるのは確定的なものだと、この場にいる誰もがそう認識しかけていたその時だった。


「プロデューサー、もう一度夢咲有栖をシズドルのメンバーに誘えないか?」

「…………は?」

「京子ちゃん、何を言ってるの?」

「まさかシズドルに新しく二人をメンバーに加えるようってのか?」

「違う……天音舞花ではなく、夢咲有栖をメンバーとして正式に選んでほしいと言ってるんだ」

「お、お前が天音舞花を最終選考まで押したんだろ? なのにどうして急に」

「そうよ、京子ちゃん。 どうしてその答えになったのか、説明してほしいわ」


 長谷川と奈々子からの視線を受けて京子は立ち上がると二人に姿勢を向ける。


「あれから考え直した。 プロデューサーは私たちのためにシズドルにふさわしい子をしっかりと選んできてくれていた。 それなのに私の勝手な発言によって一般人を勧めてしまった。 そして結果的にその子は優勝してしまった」


「……本物のアイドルは最高の舞台で最高の結果を皆に魅せるだっけか? それに見合った答えを天音舞花は出してくれたんじゃないのか?」

「それは……」


 京子が言葉に詰まったその直後だった。


「そうだよ、きょーこちゃん。 相変わらず大事な場面に限って慎重な選択をする……その性格は変わらないね」

「し、紫音! いつの間に?」


 長谷川の大声が事務所を突き抜ける。入り口のドアは開けられていた。この場にいる誰もが気が付かないうちに村雨紫音は入り込んでいたようだった。


「やっほー、長谷川プロデューサーに会うのは二度目かな? なっちゃんも久しぶりだね」

「しーちゃん、ここに来て大丈夫なの?」

「大丈夫、目黒プロデューサーには言っておいたから……一応私も来週まではシズドルのメンバーだし? ここに来ちゃいけない理由もないからね」


 飄々とした態度で詩音はこの場の空気を和ませる。気が付けば誰もが彼女に釘付けにされていた。


「……さっきの発言はどういう意味だ?」

「それはきょーこちゃん自身が一番分かってるでしょ? シズドルの新メンバーに知名度もない、アイドルとしての素質も未知数の子を選ぶよりもモデルとしての実績があってメディアにも慣れている子を選択する。 実に安全で堅実で……とても退屈な、あなたらしい考え方」

「なっ……!」


 京子が詩音に近づこうとするのを奈々子が慌てて腕をつかんで静止させる。


「紫音、何しに来たんだ? まさか卒業ライブの前に和を乱しに来ただけじゃないだろうな?」

「そんなわけないじゃないですか長谷川プロデューサー。 私はただこうなりそうだと思って助言をしに来ただけですよー」

「昨日の試験の結果を知っていたのか?」

「うん、目黒プロデューサーにお願いして決勝の試合だけ動画で撮影したのを見たよ。 それから新メンバーとしてあらかじめ夢咲有栖を決めていたのもね」

「これから卒業する人がシズドルの事情を知ってどうする?」

「今日のきょーこちゃんは怖いなー。 私だって本当はシズドルを卒業したくなかったし、卒業の理由は二人ともわかってるでしょ? 私はただこれからのシズドルを思ってるだけだよ」

「……しーちゃん」


 奈々子が紫音の名前を呼ぶ。ここにいる人間は全員何故彼女がシズドルを卒業するのかその理由を知っている。そして誰もがその卒業を望んでいたのも事実だった。


「いやー、あの最後の場面で『ミラクルコール』を引くとはね。 夏型速攻デッキに入れているなんて私でも想定できなかったよ」

「話を逸らすな、シズドルには夢咲有栖の方が……」

「本物のアイドルってのは、いつだって人々の想像を超えてくる……そうでしょ?」

「……!」


 今までの軽い口調ではなく真剣な声のトーンで詩音に言われた京子は口を塞いだ。


「またリハーサルで会いましょ! それからきょーこちゃん、ライブ前の試合楽しみにしているからね」


 ばいばーいと、元のテンションに戻った紫音は事務所の扉から退出する。まるで嵐が過ぎ去ったかのようだった。


「そうか、京子ちゃんはシズドルを思ってくれていたんだね」


 気が付かなくてごめんねと奈々子はつかんでいた腕を離して頭を下げる。京子が奈々子に顔を上げるように話していると何かを決意したかのように長谷川は立ち上がり、手を叩く。


「よし! 卒業ライブの日にやる試合結果で新メンバーを決めようか」

「……は?」

「プロデューサー、本気で言ってます?」


 奈々子からもさんづけで呼ばれなくなっていたが長谷川は気にせずに言葉を続ける。


「本気の本気さ。 京子の意見も紫音の言い分も俺には理解できる。 どっちが正しいかなんてのは俺にはわからない。 だからお前らにとって一番大切なもので決めようじゃないか」

「京子ちゃんが勝ったら夢咲有栖を、しーちゃんが勝てば天音舞花を新メンバーにするのね」

「そうだ、何か不満はあるか?」


 長谷川は悪ガキのような笑みを浮かべて京子に問いかける。決して悪意を含んでいるわけではない。これまでを振り返ってみても長谷川は常にシズドルの為を思っていた。


「わかった……すべては来週、そこで答えを出す」


 京子はそう言い終えると事務所を出て行った。




「……はぁ~。 今後の人生を左右する選択にカードゲームを用いるなんて……俺、アイドルのプロデューサーとしては最低な奴だよな」

「普通のアイドルだったらそうですね。 でも私たちはシズドルなんです。 長谷川プロデューサーの選択、私は好きですよ?」


 これからの命運を分けるその当事者の一人である奈々子の言葉を聞いて長谷川は少しだけ背負っていた責任が和らぐのを感じた。

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