第36話 アイドルの素質

「兄貴、覗いたらぶっ殺すからな」

(終わったら声をかけてくれ)


 激闘の決勝戦を終えた直後、舞花は一直線に会場にあるお手洗いに向かった。決勝が終わると同時に緊張の糸がほどけたらしい。精神状態の俺の視点は舞花とは別にあるので漫画などでよくあるラッキースケベな展開はない……いや、実の妹にそれが許されるのはフィクションだけだからね?


「―――にしてもあれはないよねー」

「ね! 私もどうかと思った」

「……ん?」


 目を閉じていると個室トイレの外から声が聞こえてくる。どうやら試験を受けに来た他の女の子達がトイレに入ってきたようだった。


「見た? 有栖さんに勝った時、まるで子供みたいにはしゃいじゃってさ」

「アイドルっていうよりただの気持ち悪いカードゲーマーみたいだったよね」

「…………!」


 外から聞こえてくるのは知らない人の二人の会話。しかし、それが誰を指しているのかすぐにわかってしまう。


「最後も結局たまたま運が良くて勝てただけみたいじゃない?」

「こんなカードゲームで勝った所でどうせ有栖さんがシズドルになるんでしょ?」

「そうみたいね、うちの事務所のマネージャーも言ってたわ。 これは初めから夢咲有栖をシズドルに選ぶための出来レースだって」

「それなのにあんなに喜んで、あの子恥ずかしいわよね」

「一体どこの事務所の子かしらね?」


 嘲笑は絶えなかった。あまりの発言に俺は耐え切れず目を開いて個室トイレの壁をにらみつけてしまう。この扉の先に俺の大切な妹に対して好き勝手に言葉を吐き捨てる奴がいる。もしもここに俺の本体の体があったら今すぐにでもドアをぶっ飛ばして二人に迫っている。


「…………っ」

(…………!)


 舞花は全身を震わせて涙をこらえていた。今日この日の為にひたすらに努力を積み重ね、そして実力によって優勝まで果たした舞花がなぜここまで言われなければいけないのか。


 俺の中で怒りを超えたドス黒い感情が沸き上がってきた、その直後だった。


「ずいぶんとくだらない会話をしているわね」


 聞き覚えのある第三者の声が扉の向こう側から聞こえてくる。


「……え、有栖さん?」

「ち、違うんです。私たちは決して出来レースだからって有栖さんに不満だったわけではないんです!」

「あらかじめある程度仕組まれていたのは事実よ。 そこは否定しないわ」


 でもね、と有栖の声は一度区切る。


「天音舞花さんを非難するのは許せない」

「え……」

「あ、あの子たかがカードゲームで勝ったぐらいで馬鹿みたいに喜んで……」

「それの何がいけないの? あの子はこのシズドルを決めるという大舞台で、決勝まで勝ち進み、そして優勝した。 あなたたちにとってはたかがカードゲームだけれど、私やあの子にとっては大切なものよ。 これ以上に喜べることなんてあるの?」

「で、でも最後だって運だけじゃない!」

「そうね。 あの子は最終ターン、一番必要なカードを引き当てた」

「ほ、ほら有栖さんだってわかってるじゃないですか」

「本物のアイドルは最高の舞台で最高の結果を皆に魅せる……」

「……っ!」


 二人の女子の声が押し黙った。


「この試験が始まる前に京子さんが言った言葉よ。 彼女はそれを体現したの。 その事実は変わらない……あの子はこの会場内で誰よりも今のシズドルに求められていた要素を満たしていたのよ」

「……いこ」

「そうね、失礼します」


 言い返せなくなったからなのか、それともこの場にいるのが耐えられなくなったのかあるいは両方か、舞花を侮辱していた二人が駆け足で去っていく足音が聞こえてくる。


「……あ、もしもしマネージャー? 私、有栖です。 はい、今日受けたシズドルのオーディションなんですが……はい、辞退します。 せっかくこのような場所を用意していただいたのに申し訳ありません、はい……はい、失礼します」


「ど、どうして⁉」


 勢いよくドアが開かれる。いつの間にか立ち上がっていた舞花が鍵を開けたようだ。鏡の前で携帯を手にしていた有栖がこちらを見て目を見開いた。


「……さっきの会話も聞こえていたよね。 あんな子達の事なんて気にしないで、あなたは……」

「どうして辞退するの!」

「あー、そっちも当然聞こえていたよね……しまったなぁ。 次からは人がいないのしっかりと確認しないとね」


 あははと有栖は苦笑いする。その反応を見た舞花は彼女に詰め寄った。


「有栖さんは最初からシズドルに選ばれていたんでしょ? シズドルに望まれているのは有栖さんじゃない!」

「有栖でいいよ……私も舞花って呼び捨てでもいいかな? うん、さっきも言ったけど、私は舞花こそが今のシズドルにふさわしいと思ってるよ」

「そ、そんな」


 事は無い、と言い切るよりも先に有栖は言葉を続けた。


「ぶっちゃけ、私は自分がアイドルをする姿なんて想像出来ないんだ……オーディションを受けようと思ったのもシーズンカードが出来るからって不純な動機だしね」

「で、でもっ……」

「舞花はアイドルになるのが夢なんでしょ? それならあなたがシズドルになるのは何も間違ってないよ。  私は舞花がシズドルのメンバーになるの楽しみだな」

「…………」


 有栖の流れるような言葉を受けて舞花は黙ってしまう。

「舞花はどうしてアイドルを目指してるの?」

「それは……しーちゃんのように皆を笑顔にしたいから」

「いいね、舞花なら出来るよ、きっと」


 言い終えるてこの場を離れようとした有栖だったが途中で足を止めるとこちらに振り替える。


「そうだ、一つ聞きたかったんだけど、どうして『ミラクルコール』をそのデッキに入れていたの? 後衛を呼び出す『バックコール』が入っているのは見たことあるけど、そのカードを入れていた人を初めて見たから」


 それは俺も気になっていた。昨日までの舞花のデッキにはミラクルコールは入っていなかった。相手の手札を確認する方法のない夏型速攻デッキではデッキの相性的にこのカードを採用するのは聞いたことがなかった。


「それは……このカードを入れたら面白いと思ったから」

「……いいね、私は負けたけど、面白いと思ったよ。人を笑顔にするか……うん、やっぱり舞花は最高のアイドルになれるよ」


 じゃあまたどこかで!と元気よく手を振って有栖は遠くに歩いて行った。



(なんて言うか、あの有栖って子、とても良い子だな)


 人を思いやる心と美貌を併せ持ったモデルの女の子。彼女が十代に人気なのもよくわかる。……やだ、ちょっとお兄ちゃんも夢咲有栖のファンになっちゃいそう。

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