第35話 決勝戦!②

「コモンカード『錬金術』を使う。 効果によって手札を好きな枚数山下に送り、送った枚数分カードをドローする。 私は五枚のカードを選択する!」


 ここにきて有栖は手札を大きく入れ替えた。デッキの下に送ったのはこの状況では不要と判断したカード、そして新たに彼女の手札には五枚のカードが加えられる。


「私はTRカード『ディスハンド』を使用する! 手札を任意の枚数トラッシュに送り、送った枚数分相手も手札をトラッシュする」

「なっ……」


 舞花がカードの効果を聞いた瞬間戦慄する。相手の手札はこちらよりも圧倒的に多い、それだけでこれから何が起きるのかを察したようだった。


「手札を四枚捨てるわ……さぁ、あなたも同じ枚数捨ててね」

「…………っ」


 相手のTRカードの効果によって遂に舞花の残り手札の枚数は0枚になる。


「後衛に新しい『災厄の魔人』を出してアペンドターンに入る。 前衛の『災厄の魔人』にキャラクターカードを二枚付与して攻撃! 『火炎蛇』を倒し、更にアペンド効果によって『夏の乙女』をトラッシュに送ってもらうわ」

「く……私のターン、ドロー!」


 舞花の番になり、焦りながらカードを引く。引いたカードは着火葬。この状況を打破するカードにはなりえない。


「私は『炎の妖精』の効果を使う。 山上から三枚のカードを確認……! 私は『深紅の火炎龍』を手札に加えるわ!」

「…………!」


 舞花の宣言したカードを聞いて有栖の眉が動く。今妹が引いたカードは夏型速攻デッキにおけるエースカードであり、能力はとてもわかりやすく、このカードにアペンドによってカードを二枚つけた状態でキャラクターを倒した時、相手のライフを二枚削る効果を持つ。


 強力なカードにはそれ相応のリスクが伴う。深紅の火炎龍はハイキャラクターと呼ばれるキャラクターカードであり、このカードは倒されると自身のライフを二枚削られる。

 また、深紅の火炎龍はコスト五のカード。今は後攻四ターン目なのでまだこのカードを出すことはできない。


「トラッシュにある『雑草霊』の効果を使うわ。 このカードがトラッシュにある時、フィールドに出せる……私は二枚の雑草霊を後衛に置く」

「……さっきトラッシュした手札の中にあったのね」


 有栖の言う通りだった。これで次の番、災厄の魔人の効果によって舞花の盤面からキャラクターカードがなくなって負ける展開はなくなった。しかし……


「これで私は番を返すわ」

「私の番、ドロー!」


 四ターン目にして初めて有栖のライフは削られずに番を終えた。観客たちのざわめきはより一層強くなり始めた。


「…………」


 引いたカードを確認しながら相手の有栖はこちらの手札とフィールドに視線を向ける。いよいよ試合は終盤戦。ここからはより慎重に勝ちへの手綱を掴もうとする時である。


 有栖側の視点で分かっているのは舞花の手札は二枚、そのうち一枚が深紅の火炎龍という事。もしももう一枚のカードがキャラクターカードで更に次の舞花のドローがキャラクターカードなら舞花の勝利が確定する状況である。実際はもう一枚のカードはキャラクターカードではなく、次に引くカードが沢山ドロー出来るTRカードを引かなければ勝てないのだが、相手の視点からはそれはわからない。


「…………」


 舞花は口を閉じ、真剣な眼差しで有栖の目を見つめていた。視線が交わると有栖の目は彼女の手札に向かう。そして一枚のカードを場に出した。


「私はTRカード『リスタート』を使うわ」


 彼女が選択したTRカードは舞花の手札を山札に戻して相手の残りライフの枚数分山札を引くカード。効果によって手札に加えた深紅の火炎龍と着火葬は山札に戻される。


「……二枚引くわ!」

「私は後衛に『祝福の女神』を出す。 効果によって次の自分の番まで『災厄の魔人』は破壊されない」

(これは……チャンスだ)


 祝福の女神は味方一人に完全耐性を付与するカードではあるが同時にハイキャラクターカード。次の舞花の番に相手の後衛のキャラクターを前衛に呼び出すTRカード『バックコール』を使えば災厄の魔人を無視して祝福の女神を倒して逆転勝利である。そして引き直した舞花の手札にはバックコールがある……勝利への希望が見いだせた俺は目を見開いて胸の高鳴りを感じた。


 しかし、そんな俺の淡い希望を有栖はすぐに打ち消してくる。


 「更にコモンカード『昇華』を発動するわ」

(なっ……)


 昇華は後衛にあるキャラクター一枚を手札に戻すカード。有栖のフィールドから祝福の女神が手札に戻される。相手の盤面には再び災厄の魔人が二体のみとなった。


「アペンドターンに入る! 前衛の『災厄の魔人』にカードを一枚付与する。 このまま攻撃して効果によって後衛にいる『雑草霊』をトラッシュに送るわ」


 舞花の炎の妖精が倒され、残りライフは一枚になる。盤面には攻撃力0の雑草霊が一体のみ。逆転の可能性を秘めていたエースカードも山札に戻されてしまい、今の彼女の手札には低コストのキャラクターとバックコールだけという絶望的な状況となった。


「いよいよ大詰めって所かしら」


 有栖が話しかけてくる。シーズンカードプレイヤーなら次の彼女の番で決着がつくのは誰が見てもわかるだろう。相手に干渉しつつ、自身は負けない盤面を彼女は見事に作り上げていた。


「……まだよ」

「?」

「まだ、私は負けてないわ」

「……そうね」


 全てはこのドローにかかっている。だが、俺は舞花の使っている夏型速攻デッキにここから逆転するカードは入っていないのを知っていた。この試合はもう……


「(なんで兄貴が諦めているんだよ?)」

(え……?)

「兄貴が教えてくれたんじゃないか、あのカードならこの状況から勝てる」

(あのカード……?)


 舞花がどのカードを指しているのか、この状況で逆転するカードがあるとすれば……

(……! お前、まさかあのカードを入れてたのか?)


 確かにある。今のこの絶望的な盤面で勝利に導くカードが。


「私のターン……ドロー!」


 舞花が山上からカードを勢いよく引く。それまでざわついていた会場内の声がやんだような刹那、世界の時が止まったような一瞬の静寂を壊して舞花は一枚のカードをフィールドに差し出した。


「TRカード『ミラクルコール』を使うわ! 効果によって相手の手札を見てその中にあるキャラクターカードを一枚前衛に出してもらう。 私が選ぶのは祝福の女神よ!」


 彼女の宣言によって有栖の手札に戻った祝福の女神は再びフィールドへ、そして前衛に呼び出される。


「私は後衛に『紅の女侍』を出して前衛の『雑草霊』と入れ替える。 そして攻撃ターンに移るわ! 『紅の女侍』で『祝福の女神』を撃破!」


 祝福の女神はハイキャラクター。有栖は自身のライフを二枚削られる……つまり


「勝者、天音舞花選手!」


 審判の声が会場内に大きく響き渡った。


「勝った……のよね?」


 静まり返ったその場で舞花は声を出す。対戦相手の有栖が何かを言おうと口を開いた直後、拍手が聞こえてくる。振り返るとそこにはシズドルの二人、奈々子と京子が手を叩いていた。それを見たほかの観客も感染していくように次々と拍手が重なっていく。


「私の負けね……ナイスゲームだったわ」


 有栖は舞花の隣に立って右手を差し出してくる。


「ありがとう……あなたとの対戦、とても楽しかった!」


 舞花は有栖の手を握り返した。負けても最後まで礼儀正しく振る舞う有栖と勝利して興奮している舞花の二人を見て俺は涙を流しながら周囲と同じように拍手で二人を称えた。


 シズドルオーディションは舞花が優勝して終わりを迎えた。

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