第25話 そして本番へ

「いよいよ明日だな」

「……うん」


 舞花と対戦練習を始めてから二週間が経過し、いよいよ明日はシズドルオーディション本番の日だった。あれから何度も試合を重ねた今の舞花は初心者とは思えないほどに実力をつけていた。


「デッキの枚数は確認したか? カードを入れているスリーブは新しいものに変えたな? 明日の会場までの経路は下調べもすんでいるな?」

「もう、大丈夫だよ!」


 心配性だなと妹は呆れているが、こういった細かい最終確認は大切である。カードが足りなかったり、意図していなくてもスリーブの傷によって不正を疑われてしまったり、場所を間違えてそもそも試験を受けられなくなってしまえばおしまいだ。


「明日は俺が舞花に憑依するとは限らないからな」


 今までの俺は二週間に一度、日曜日に決まって妹に精神が乗り移っていた。周期的に考えると明日もまた俺は舞花の体に憑依する可能性が高い。


「今の私なら兄貴がいなくてもシズカを理解できるよ」

「お、おぉ……」


 お兄ちゃんとしては頼ってほしいが一人のカードゲーマーとして妹が成長した姿を見ると

 俺は嬉しくもあり、寂しくもなる複雑な感情を持った。


「そろそろ寝るね」

「睡眠は大切だからな、おやすみ」


 カードをデッキケースに入れて舞花は自分の部屋に戻ろうとする。睡眠の質は思考力に直結する。体調管理という面でも早く寝るに越したことはない。


「……今日までありがとね」

「がんばれよ、俺は応援しているからな」


 舞花は俺に向かってはっきりとお礼を言った。普段の俺ならふざけた言葉を返していたかもしれないが、これまで本気でシーズンカードに取り組んでいた妹の姿を見てきた俺は本音で答えることにした。


 そんな良い雰囲気で今日を終えようとしたその時だった。突然俺の会社の携帯がブーブーと鳴り始めた。見てみると会社から電話だった。時刻は二十三時を過ぎている。何事かと俺は手に取って電話に応対する。


「はい、もしもし演二です…………はい、はい…………え、取引先に届ける荷物が間違っていた? 明日の朝十時には必要で今から届けるしかない? それで今手が空いているのが自分だけだと……はい、はい、わかりました。 今から会社に向かいます……」

「兄貴……今から仕事に行くの?」

「あー……そうなった。 母さんにはメモを残しておくから気にしないでくれ」


 妹は心配そうな表情をするが俺は笑ってごまかした。こればかりはどうしようもできない。恨むのであればこの会社に入社した俺を憎むしかない。

 今まで俺が舞花に憑依したのは決まって寝て起きた後である。つまり今から仕事に行くとなると舞花に精神上同行するのはほぼ不可能というわけだ。


「がんばれよ、お兄ちゃんも頑張るからな」

「う、うん。 気を付けてね」


 まさか大事な日を控えている妹に気を使わせてしまうとはお兄ちゃん失格だなと反省しながらも俺は部屋に戻り、スーツに着替えるとすぐに家を出た。そして車に乗るとすぐに会社を目指し始めた。


  〇


「申し訳ありませんでした!」


 俺は正しい荷物を取引先に届け終えるとその場を後にした。先方に話を聞いてみると会社の上司から連絡を受けた通り、こちらの間違いで別の荷物を届けてしまっていたらしい。


「演二君、本当に助かった。他の皆は電話に出なくてね……君しかいなかったんだ。 今日はもう上がっていいから、私のほうで退勤処理は済ましておくよ。 改めてにはなるけど助かったよ、それじゃあお疲れ様!」

「……帰り道は残業に含まれないのか」


 上司に電話で報告を終えた俺は太陽が完全に登り切った空を見上げながら溜息を吐く。時刻は十時手前だった。ノンストップで届け先まで運転をして二つの県をまたいでお届けが完了した。今の上司の言葉を聞く限りだと俺も電話に出なければもしかしてここまで仕事する必要はなかったのではないかと考えてしまう。


「……帰るか」


 ナビの目的地を家に設定して俺は帰宅を始めた。上司曰く、会社にとっては相当なお得意さんだそうで日曜日でもこのような無茶をしたらしい。平社員の俺にとってはたまったもんではなかった。取引先の近くに設置されていた自動販売機で缶コーヒーを買った俺はふたを開けて口の中にブラックコーヒーを流し込んだ。夜道を十時間近く運転していたので流石に疲労感が強い。


「やばそうになったら近くのパーキングエリアで少し仮眠をとるか」


 家に帰って寝るのが一番ではあるが、そこまで持ちそうにはなかった。俺は車を走らせながら一人でつぶやいた。


「……舞花は大丈夫かな」


 今頃はすでに会場について試験が始まっているかもしれない。慌てて家を出た俺は携帯を家に置いてきてしまったので舞花に応援の声を伝えることもできなかった。


「ふぁ~……」


 妹を心配しながらも大きなあくびが出てしまう。彼女が選んだデッキは最初に使用していた序盤からガンガン攻めて相手の盤面が整う前に勝利する速攻型のデッキだった。他のデッキもいくつか試そうとしていたが、中途半端に手を出すよりかは一つに絞ったほうが良いという提案を舞花は素直に受け入れた。


「いや、あいつなら大丈夫か」


 この二週間で舞花は本当に強くなっていた。少なくとも並みのプレイヤーであれば問題なく彼女は勝つことができるだろう。


「…………」


 アイドルになることを夢見ていた妹が願いをかなえるあと一歩の所まで来ている。もしも神様がいるのであれば舞花の願いを叶えてほしいと俺は心の底から願うのであった。

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