第24話 彼女の評価

「お前、もう少しアイドルとしての自覚を持ってくれ」


 何度長谷川の深いため息を聞いただろうと京子は目の前で座っている金髪プロデューサーを眺めながらそんな適当な感想を持った。


「お前、昨日シーズンカードの大会に出ただろ」


 長谷川は自身のスマホを取り出すと京子のほうに見せつけてくる。画面を確認すると誰かがSNSに昨日の青野京子の写真を撮って投稿していた。


「この程度の変装でごまかせるわけがないだろ」

「休みの日に私が何をしても自由だろ」

「節度を持てと言ってるんだ……今のシズドルのスポンサーはシーズンカードとオーグメントビジョンの二社だけなんだぞ? もしもシーズンカードのスポンサーまで降りたらどうするつもりだ」

「…………」

「でもプロデューサー、京子ちゃんその大会でも優勝してますよ? 公式プロフィールでも趣味はシーズンカードと謳っている京子ちゃんが優勝したらむしろ宣伝になりませんか?」


 奈々子は昨日京子が参加した大会の公式SNSを長谷川に見せつける。本名こそプレイヤーネームで隠しているが奈々子には気づかれていた。


「もしもその優勝が最初からやらせだと思われたらどうする? 今の時代、SNSはどんなささいな所からでも炎上に繋がる可能性があるんだぞ」

「それなら出来レースの一次面接を計画した人間は火だるまにされるべきだな」

「なっ……」


 長谷川は京子の言葉を聞いて何も返せなくなってしまう。これ以上話すことはないと判断した京子は無言のまま長谷川の前から離れると事務所から出て行った。


「もう、京子ちゃん言いすぎだよ。 長谷川さん胃に穴があきそうって言ってたわよ」

「プライベートにまで口を出されたんだ……あいつの胃はハチの巣みたいになればいい」


 あとを追いかけてきた奈々子は半分冗談のような言いぐさで話しかけてくる。以前から京子は休みの日に色々なシーズンカードの大会に出ていた。流石に参加する大会は身バレしにくい大衆施設で開催される場所等を中心に選び、最低限の変装を行っていたが、今回誰かが写真を撮ってそれがたまたま長谷川の目にもとまったらしい。


「前のプロデューサーは自由にしていいと言っていた」

「そうね……でも、今の私たちのプロデューサーは長谷川さんよ。 あの人もシズドルの為を思って動いてくれているのは事実だから」

「…………」


 奈々子が言っていることはもっともだとわかってはいても京子は素直に飲み込むことができなかった。


「奈々子は大人だな」

「私も京子ちゃんと同い歳なんだけど?」

「わかっている」


 二人は互いに顔を見あって笑ってしまう。そして今までの癖で後ろを振り返ってしまうが、そこには誰もいなかった。

「……私たち、しーちゃんがいなくなってもアイドルとしてやっていけるのかな?」

「やるしかないんだ……卒業は彼女の為にも、そして今まで彼女に頼り続けていた私たちにとってもやるべきだったと後悔はしていない」

「……そうだね」


 村雨紫音の卒業は前のマネージャーと紫音、京子、奈々子の四人で決めたものだった。その選択に至った経緯は語ればきりがなく、今京子が言った台詞に全てが凝縮されていた。


「卒業ライブまで残り二週間、シズドルの最終オーディションまで残り一週間……私たちは私たちに出来ることを尽くすだけだ」


 シズドルに新しいメンバーが加わる。それが誰になるのか今の二人にはわからなかった。長谷川はすでに目星をつけており、実際にその人物のプロフィールを二人は確認している。京子から見ても正直なところでは長谷川の選んだ人材はかなり良いものだと感じていた。


「実は昨日の大会で天野舞花に会ったんだ」

「え? その子って確か京子ちゃんが気になっていた子だよね?」


 大会で彼女の姿を目撃した時、京子は出場を辞退しようか悩んだ。しかし、彼女の実力が気になった京子は好奇心でそのまま参加した。


「舞花ちゃんはどうだったの……?」

「………勝ち越してはいたが、わからないな」


 全ての試合を終始見たわけではないので断言は難しいが、それでも京子の求める実力と期待を超えているとは言い難かった。


「実力だけで言えば彼女のお兄さんの方があるぐらいだ」

「お兄さん……?」


 奈々子が首をかしげたので京子は昨日の大会に舞花の兄が参加していた事、そしてその兄と対戦していた事を説明する。


「そっか……それでお兄さんの方は京子ちゃんに負けたんだ」

「本物のアイドルは最高の舞台で最高の結果を皆に魅せる」

「……しーちゃんがよく言ってた台詞だね」

「そしてこれは彼女が体現していた事実でもある」

「でも、どうして今その言葉を?」

「……もしも昨日の試合、相手が紫音なら一ターンで決着がつくこともなかった」

「それはいくらなんでも話が飛躍しすぎてるよ」

「二週間後の卒業ライブで同じ事が起きるか?」

「それは……」


 奈々子は言いよどむ。卒業ライブではまだ世間的には公表されていないが、オーグメントビジョン社協力のもの、ライブの前に生配信で京子と詩音がシーズンカードで対戦するスケジュールが組まれている。

 カードゲームにおいて絶対はない。しかし、卒業ライブに関わる大切な舞台であの詩音が手札事故を起こして負ける姿はどう考えても想像できなかった。それこそ紫音の言葉を借りるのであれば最高の舞台で最高の結果を皆に魅せるだろう。


「というか、京子ちゃんが対戦したのは舞花ちゃんのお兄さんなんでしょ? オーディションを受けるのは舞花ちゃんだから関係はないわね」


 奈々子に言われてなぜ舞花の兄との対戦でこの話題になったのか、京子自身も話が飛びすぎていたと反省する。


「それこそ本当にアイドルになるような人なら、来週の試験で魅せてくれるんじゃないかしら?」

「……そうだな」


 勝敗だけでオーディション結果が出るわけではない。それでも村雨紫音のようなその場にいる全ての人を魅了するような人間がいるのであれば、その人物は間違いなくシズドルの新しいメンバーとして受け入れるだろう。


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