第23話 主人公

「初めて勝てた!」


 対戦を終えた妹が嬉しそうにこちらに走ってきた。


「初勝利おめでとう、今日は赤飯だな!」


 俺の冗談を聞いて自身が想像以上に舞い上がっていたのを自覚したのか、舞花は縮こまって視線をそらした。初めての勝利というのはどんな物事でも嬉しいものである。今の妹の気持ちはよく分かった。


「あ、兄貴はどうだったんだ?」

「なんとか勝ったよ」


 三戦目は辛勝だった。序盤は俺のペースで順調に試合を進めていったが中盤に相手のトランプカードによって手札を干渉されてしまい、形勢が逆転。終盤で今度はこちら側がトランプカードによって相手の手札に干渉することで再び有利不利が変わり勝つことができた。


「やっぱり兄貴は強いんだな」

「運もかなり味方しているからなー。 これだけ調子が良いと多分次くらいには……」

「それでは四回戦を始めます! ブルーポンチさんとハカセさんはこちらにお願いします」


 言葉を言い終えるよりも先に俺の名前が呼ばれた。


「え……ブルーポンチって人……!」


 舞花が先に席に着いた女性を見て目を丸くしていた。そうだよな、名前ちょっと気になるよな……というわけではなく、シズドルの青野京子が兄の次の対戦相手だと知って驚いたようだ。


「んじゃ、行ってくる」


 興奮している妹に別れを告げて俺は決戦の卓へと赴いた。


「よろしくお願いします」


 声をかけて席に座り、対戦準備を始める。相手が誰であろうとも対戦が始まれば関係ない。ここから先は真剣勝負だ。


「……準備はできましたでしょうか? それでは対戦を始めてください!」



 ~1分後~


「……対戦ありがとうございました」

「…………」


 俺の言葉に対して青野京子は若干申し訳なさそうな顔をしていた。対戦結果からいうと俺の敗北だった。それもただの敗北ではなく、初手の手札でキャラクターを1枚しかフィールドに出すことができず、後攻1ターン目に倒されて決着だった。いわゆる大事故である。


「もしよろしければ次の対戦が発表されるまでもう1戦しませんか?」

「お、お願いします……」


 年下の人気アイドルに気を使われてしまう始末である。そこまで事故が起きないように組んだつもりでも可能性は0ではない。対戦前に言いかけたフラグを見事に回収してしまった。


「今度は私が先攻をもらいますね」


 今度は普通に対戦を始められる初期手札で一安心する。相手側もさっきの俺のように大事故はしていなさそうだった。


「これで私の番は終了です」

「自分の番ですね、ドロー」


 順調にフィールドにキャラクターを並べて前衛のキャラクターが攻撃をして相手のライフを削った。次の青野京子の番になるとコスト2のキャラクターによって俺のキャラクターを倒し、再び残りライフ枚数が並んだ。


 それから一進一退の攻防が続き、気が付けば5ターン目の先攻になっていた。


「トランプカード『リスタート』を使います。 手札を山札に戻して相手の残りライフの枚数分ドローしてください」

「ぐっ……」


 相手の残りライフは1枚。このまま進めば次の番で押し切れそうだった手札はすべて山札に返されてしまい戦況は苦しくなる。


「『深淵の死神』で攻撃、この時アペンド効果が発動します。 このカードに2枚以上カードがアペンドされているなら相手の手札を1枚トラッシュする」


 残り1枚になった手札をトラッシュに送られ、さらにこちらのキャラクターが倒されたことによって俺の残りライフは一枚になってしまう。ちなみにシーズンカードでは削られたライフは裏向きのまま山札の一番下に送られる。


 青野京子が使用しているデッキは現環境でもトップと言われている除去を中心に戦うデッキだった。彼女はデッキを見事に使いこなし、結果的に俺の手札は0枚、フィールドには相手のキャラクターを倒せるキャラクターはいなくなっていた。


「……このドローにかけるしかないな」


 山札の一番上に手をかける。この状況を打破するには相手の前衛のキャラクターを倒せるカードを引くしかない。確率的な話をするとおそらく1割をきっているだろう。


「勝負は最後の最後まであきらめるわけにはいかないからな」


 俺の発言を聞いて青野京子は笑った。それは決して嘲笑ではなく、おだやかなものに見えた。


「いくぜ……ドロー!」


 少年誌の主人公のようなテンションで俺はカードを引く。そしてゆっくりとそのカードを確認する。俺が引いたのは……


「……後衛に『マッドスライム』を出して番を返します」


 残念ながら俺の引いたカードはこの状況を解決するカードではなかった。返しの相手の番で俺の前衛のキャラクターが倒されて最後のライフが削られる。青野京子の勝利で決着だった。


「対戦……ありがとうございました!」


 俺は頭を下げると青野京子は右手を差し出してくる。試合を称える握手と気が付いた俺は彼女の手を右手で握り返した。


「『深淵の死神』の効果で手札をトラッシュして正解でした」


 彼女の視線が俺のトラッシュに向けられる。手札干渉をされた後、俺が引いたカードはトランプカードの「ドローファイブ」だった。効果は自分の手札が五枚になるように山上からカードを引く効果を持っている。試しに山上から五枚見てみると相手のキャラクターを倒せるカードはその中にあった。彼女のプレイングによって俺は完敗したのだと改めて実感する。


「漫画やアニメの主人公なら一枚のドローで勝てたかもですね」

「…………」


 決して負け惜しみのつもりで言ったつもりはない。ただの冗談のつもりで俺は笑いながら言った。しかし、俺の言葉を聞いた瞬間、青野京子の顔から笑みが消えて表情を曇らせた。


「そうね……主人公のような、それこそ彼女だったら……」

「彼女?」


 最初は俺に対して不快感を抱いたのかと思ったが青野京子の発言は俺ではない誰かに向けられていた。彼女は小さく息を吐いて目の前のカードをデッキケースに入れ始めた。これ以上深く追及するべきではないと思った俺も同じようにカードを纏めた。この大会に参加している人数は三十二人。この試合までに全勝している人数が四人なのでおそらく次が最終戦になりそうだった。


「決勝、頑張ってください」

「ありがとうございます、またどこかでお会いしたらよろしくお願いしますね」


 お互いに席を立ってその場から離れた。対戦に夢中になり、そういえば妹を見ていなかったと俺は対戦卓を見回して舞花がどこにいるのか探そうとすると、背中を拳で軽く叩かれる。


 振り返るとそこには舞花が不機嫌そうに立っていた。


「な、なんで怒ってるんだ?」

「怒ってるわけじゃないわよ……ただ嫉妬してるだけ」

「嫉妬?」

「兄貴……京子ちゃんと握手してたでしょ」

「……あー」


 舞花の言わんとする事を理解する。普段のシーズンカード対戦では自然な流れで握手をしたりするので違和感もなかったが、冷静に考えるとアイドルと握手するという行為はファンからしてみれば羨ましいものだろう。


「シズドルの握手券なんて毎回即完売で私だって一度もしたことないのに!」

「一応言っておくが、俺から握手を求めたわけじゃないからな」

「見てたから知ってるわよ! それが余計に腹立つの!」


 ガシガシと俺の足を舞花は蹴ってくる。痛いって、お兄ちゃん妹に蹴られて喜ぶみたいな趣味は流石にないからやめてほしい。


「舞花も勝ち上がってたら出来たわけだし……それにシズドルの一員になれば好きなだけ近くにいることだって夢じゃないだろ?」

「それは……そうね」

「さっきの試合はどうだったんだ?」

「勝ったわ!」


 ピースで勝利を宣言する。最初の数戦と比べると緊張からのミスもなくなり、落ち着いてプレイすることができたらしい。


「それでは最終戦を始めます! ブルーポンチさんと枝豆さんはこちらへお願いします」

「お、やっぱり次が最後か……がんばれよ」

「兄貴こそ、次はちゃんと試合できるといいね」


 どうやら一ターンで試合が終わってしまったのも見られていたようだ。返す言葉もない俺は自分のプレイヤーネームが呼ばれるとそのまま対戦卓に座った。


 最終戦は青野京子との試合のような事故は起きずに俺の勝利で終わった。舞花も勝利を収め、結果だけ見ると勝ち越しで今日の大会を終えていた。初めての大会でこの戦績は素直に称賛するべき内容である。ちなみに優勝はブルーポンチこと青野京子だった。シーズンカードを趣味としていると聞いていたが対戦してみて実力も本物だということを実感した。そんな感じで大会は幕を閉じた。


 それから帰りの電車の中、そして家についてからも舞花は今日の対戦の振り返りをしていた。今日の大会に参加してシーズンカードに対する理解と練度を深めたようでお兄ちゃん的には嬉しい限りである。

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