第19話 練習!

「兄貴、対戦しよ」


 仕事を終えて家に帰り、玄関を開けるとそこにはシーズンカードを手にした妹がいた。そして開口一番のセリフがそれだった。おかえりと言わなくてもいいからせめてお兄ちゃんに先にただいまと言わせてほしい。


「よし、やるか!」


 そうは思ったものの妹からシーズンカードの対戦を申し込まれて黙っていられるほどお兄ちゃんは腐ってはいない。よーし、さっそく部屋に戻ってデッキをもってきちゃうぞー!


「おかえり。 今日もずいぶんと遅かったわね」

「ただいま。 あれ……もうこんな時間か」


 母親もリビングから現れると俺に声をかけてくる。スマホを見ると時刻は二十二時を過ぎたあたりだった。


「あしたも仕事で朝はやいんでしょ? 無理はしないようにね」

「りょうかい。 とりあえず軽くシャワーだけ浴びてもいいか?」

「わかった。 リビングで待ってるから」


 舞花はとことこと母親のいるリビングの方へと歩いて行った。俺は靴を脱ぐとそのまま浴室へと直行し、すぐに全裸になると宣言した通り体を洗い始めた。


  〇


「またせたな」

「準備はできてる」


 タイマーやプレイマットを普段は食卓として使っている机の上に敷いて準備万端だった。

 俺は部屋から持ってきたデッキケースを開けてすぐに対戦の準備を始めた。


「おぉ、ファローシャッフルもさまになってるな」

「今日一日中練習してたからね、動画も見たから使うデッキの予習はばっちりよ」


 カードをみないでシャッフルする技術は人によっては相当苦労する。妹は器用なものでわずか一日足らずで俺と目を見て会話をしながらファローシャッフルが出来るようになっていた。


「よし、始めるか」


 互いに相手のデッキをシャフルし、こぶしを突き出した。


「最初はグー、じゃんけんぽん!」

「……俺の勝ちだな、先攻を選ばせてもらう」

「デッキの上から7枚引く……キャラクターカード確認、引き直しはしないわ」

「俺のほうはキャラクターカードがないからもう一度引き直しだな」


 相手に自分が引いた最初の7枚を見せてキャラクターカードがない事を確認してから改めてデッキを混ぜて引き直す。シーズンカードでは最初の手札にキャラクターカードがない場合、もしくは一度のみ任意で引き直しを選択できる。2回目以降はキャラクターカードがあれば引き直しはできず、もしもキャラクターカードがない場合は引き直しを繰り返す。2回目以降の引き直し回数によって相手はデッキからカードを手札に加えられる。手札が多ければ多いほど戦略の幅は広がる為、基本的には早い段階でキャラクターカードを引くことが望ましい。


「よし、二回目でキャラクターカードはあったな」

「ライフとなるカードを五枚、山札の上からセット」


 俺が特に口を挟まなくとも舞花は着々と試合の流れを進めていく。これなら俺も対戦に意識を向けて指導可能だろう。


「タイマーを押して、試合開始。……俺の先攻だな、ドロー!」


 それから何戦か舞花と対戦を行い、気になった点があればそのたびタイマーを止めて指摘し、また対戦が終わるたびに妹からの質問タイムを設けることでわからない点や舞花の疑問点を解消するように努めた。


 驚くことに舞花のシーズンカードに対する理解は想像以上に早く、一を教えると十を理解し、更に二十、三十にする為の方法を自ら質問してくるようになった。


「コスト四のキャラクターで相手のアペンドカードをトラッシュに送る効果を持ったカードってある?」

「それなら『業火の狩人』ってカードがあるが、ハイキャラクターカードだから倒されるとライフを二枚取られるリスクがあるな」

「そっか……でも相手のライフを削る最後のターンでフィールドに出すなら関係ないよね?」

「そうだな……それなら問題はない」


 専門用語を交えながら自然と会話できている。妹と趣味のカードゲームをやれる喜びよりもプレイヤー視点で勝つための方法を模索している舞花の姿に俺は普段のノリではなく、一人のカードゲーマーに対して接するように敬意をもって対応していた。


「……そっか、それでお兄ちゃんは二次試験最終問題であのカードを採用したんだね」

「…………!」


 二十や三十どころではない。妹はすでに十年選手であるシーズンカードプレイヤーの思考領域にまで到達しようとしていた。


 しかし、俺が驚いたのはそこではない……


「お兄ちゃんって呼んでくれた……!」

「…………あっ、違う、今のは……今のはなし! 忘れろ糞兄貴!」


 妹は顔を真っ赤にして俺の肩を叩き始めた。どうやらシーズンカードに熱中するあまり無意識のうちにお兄ちゃんと呼んでしまったらしい。つまりはまだ高校生になった妹からもお兄ちゃん呼びされる可能性が十分に残されているというわけであって、それだけでお兄ちゃんは明日への活力が沸き上がるのを全身から感じていた。


「その顔やめろ! 気持ち悪い! やめろって言ってるだろ!」

「ちょっと、あんた達、いったい何時だと思ってるのよ?」


 扉を開けて母親が俺たちの注意をしてくる。時計を確認するとすでに深夜の二時になろうとしていた。


「あ、あれいつの間に……ごめんなさい、もう寝ます」

「二人とも学校に仕事でしょ、早く寝なさい」


 母親はそれだけ言うと寝室に戻っていった。

 楽しかったり熱中していると時間を忘れるとよく言われているが、気が付くと時間があっという間に過ぎているというのはカードゲーム対戦あるあるだよね。


「ごめん……兄貴、仕事あるのにこんな時間まで付き合わせて」

「気にするな、それよりも睡眠不足は舞花にとって何もよくないだろ?片づけはお兄ちゃんがやっておくからすぐに寝なさい」

「……うん」


 妹は立ち上がるとそのままリビングから出る扉に手をかけた。

「……ありがとね」

「舞花が……俺にお礼を?」


 小さな声ではあるがお兄ちゃんははっきりと聞き取ることができた。社会人になって家に帰ってきてから一度も聞いたことがないその言葉を聞いて俺は目を見開いて硬直してしまう。


「いちいち反応がキモイ! お休み!」


 妹は扉を乱暴に閉じるとドカドカと会談を駆け上がっていった。今日は舞花からお兄ちゃん呼びとお礼を言われるという偉大な賞与を二つも獲得することができてしまった。


「…………」


 静寂に包まれたリビングに一人残された俺は無言のままその幸せをかみしめながら片づけを終えると自分の部屋に入り、就寝に着いた。

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