第18話 舞花の日常2
「さーあ昼食の時間だぜ」
「今日は学食じゃなくてよかったよね?」
午前の授業を終えると私は春香と夏希と共に机を合わせて昼食のスペースを確保した。二人がお弁当箱を取り出す一方で私はカバンからゼリー飲料とシーズンカードを取り出した。
「お、おい舞花……ご飯それだけで足りるのか?」
「うん、今は一秒でも多くシーズンカードに触れていたいからこれで十分」
「無理はしちゃだめだよ?」
「ありがとう春香。でも、せっかく夢をかなえるチャンスが来たから絶対に逃したくないんだ」
「それにしてもまさか舞花がシズドルの三次試験まで進むとはな」
「すごいよね」
私も正直ここまで通るとは思ってもいなかった。しかし、これは夢ではなく現実だ。
「この一ヶ月は舞花ずっとシーズンカードにつきっきりだよな」
「流石に授業中には触ってないけどね」
本音を言えば授業中でもカードを確認したい。でも万が一兄から借りたカードを没収されてしまうわけにはいかないとそこは良心で踏みとどまった。
「舞花を応援してくれる優しいお兄さんだね」
「ほんとだよ、うちの兄貴もそれぐらい妹思いだったらなー」
二人はご飯を食べながら兄について賞賛していた。
「いや、あそこまでいくと流石に気持ち悪いよ……感謝はしているけど」
「ツンデレかな?」
「ち、ちがっ!」
夏樹がいじわるそうに笑いながらからかってくるので思わず反論してしまう。
「舞花のお兄さんって結構有名なユーチューバーだったんだね」
「……そうみたい」
春香が携帯で動画を見せてくる。兄はシーズンカードに関する解説や実況を上げているバーチャルユーチューバーだった。
今まで一度も見たことがなかったが、どうやら兄は大学生のころからユーチューバーとして活動をしていたらしい。就職した今でこそ投稿頻度は昔より落ちているが、それでもコメントを見るとシーズンカードファンの間では結構親しまれていた。
どうしてバーチャルユーチューバーなのか聞いてみたが身バレするのが怖かったらしい。
「登録者数五万人って普通にすごいよな」
「うん、バーチャルユーチューバーの個人勢だとほとんど上位だよ」
今までの態度を見直したほうが良いのではないかと考えるがシスコン兄の姿が頭に浮かびすぐに否定する。
「シーズンカードに詳しくない私でもこの解説動画シリーズは分かりやすくて最後まで再生したよ」
春香が見せてくれたのは兄が投稿している動画の中でもシリーズ化しているカード解説だった。初心者でもわかるように別の何かに例えて説明しているので兄が仕事でいない間はこのシリーズを見てシーズンカードについて学んでいた。
「ところで舞花はさっきから何をやってるんだ?」
舞花の手元を見ながら夏樹は疑問を投げてくる。
「これは……シャッフルの練習だよ」
「シャッフルの?」
「うん、私も知らなかったけど、カードを混ぜる時っていつもトランプとかでやってるやり方だけだと足りないんだって」
「足りないっていうのは混ざらないって事?」
「そうみたい……例えばだけど」
私は手元にあるカードを見て同じ種類のカードを重ねて上から順番に揃えると裏向きにして普段みんなでトランプを行う時のようにシャッフルを始めた。
「これぐらいかな……表向きにすると、ほら。同じカードが結構重なってるでしょ?」
「ほんとだ」
「また同じカードを重ねて今度はさっき夏樹が聞いてきたシャッフルで試すね」
「まるでマジシャンみたいね」
兄にこのシャッフルのやり方を教わった時、私も同じような感想を言ったのを思い出す。カードの束を半分にわけたものを両手に持ち、半分を上から落とすような形でもう一方の手に持っているカードの束の間に落としていく。
「混ぜた回数は最初と同じぐらいだけど……ほら」
「おぉ……さっきよりも混ざってるな」
「対戦ではこの二つのシャッフルが必要らしくて、今はその練習をしていたの」
子供のころからトランプなどでよくシャッフルしていた方法をヒンドゥーシャッフル、今二人に見せたような混ぜ方をファローシャッフルと呼ぶらしい。これも兄からの受け売りではあるが、公式の試合ではこのシャッフルが出来る事が前提となる。
「ルールを覚える以外にもいろいろ覚えないといけないんだな」
夏樹はうへーと苦手そうなリアクションを取った。私も最初は覚えることばかりで嫌になるかと思ったが、兄に教わってから改めてシズドルのシーズンカードに関する動画や放送を見ると新鮮な気持ちで見られてむしろ楽しんでいた。
「私や夏樹がルールを覚えてたら練習相手になれたけど……ごめんね」
「大丈夫、ありがとう」
「舞花にはお兄ちゃんがいるもんな!」
「…………」
「シャッフルしながら無言でにらむなって……」
「カードを見ないでシャッフルするのも練習のうちだから」
春香と夏樹が笑い、そして私もあきれながら笑ってしまう。普段の学校生活にシーズンカードが加わったとしても三人の関係は変わらず、平穏な日常のままだった。
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