第17話 願いと憧れ

 二次試験から一週間後、舞花のメールアドレスには二次試験通過の通知が届いた。

 お兄ちゃんの祈りが通じたのか、妹は二次も突破することができたらしい。


「……嘘」


 その事実に誰よりも驚いていたのは試験を受けていた舞花本人だった。


「すごいじゃない、今日はお祝いね!」


 母親は嬉しそうに舞花に話しかけるがいまいち実感の湧いていない妹は肩を揺さぶられても反応を返さなかった。


「少し携帯借りるぞ……何々、三次試験の内容は……対戦か!」


 呆然としている妹の手から携帯を拝借し、メールの内容を確認する。一次試験で簡単な質疑応答、二次試験ではシーズンカードに関する基礎知識、そして三次試験ではついにシーズンカードによる対戦が試験内容となっていた。


「でもどうしてシズドルは急にここまでカードゲームを重点的に採用基準に選ぶようになったのかしら?」

「それは俺も気になって調べてみたんだけど……どうやらシズドルのスポンサーが紫音の卒業に併せてほとんど降板するらしい。 それで残ったのがシーズンカード公式と以前テレビに出ていたAV……オーグメントビジョンだけらしい」

「スポンサーの意向ってわけね」

「そういうわけだな」


 母親の言葉を俺は肯定する。シズドルというアイドルグループに関しては正直村雨紫音がいたからこそ成立していたといっても過言ではなかった。その主軸が抜けたとなれば今まで契約していた企業が離れてしまうのも無理はなかった。なんとも世知辛い現実である。


「はっ……私の携帯は?」


 正気を取り戻した妹に俺は手にしていた携帯を見せると即座に強奪される。取り戻した携帯を近くに置いてあったタオルで拭いていた。


 お兄ちゃんの手で触られるのはそんなに嫌なのかと俺は心の中で涙を流した。


「指定した場所に対戦用の道具各種と自身で作成してきたデッキを一つ持参って……私はシーズンカードなんて一枚ももっていないわよ?」

「それなら大丈夫じゃない?」


 母親の言葉を聞いて妹は「え?」と視線をあげた。


「お兄ちゃんに任せなさい!」


 俺は胸を張って舞花にそう告げた。俺はシーズンカード歴十年の古参プレイヤー。人によっては喉から手が出るほど欲しがりそうなレアカードから汎用性カードまで網羅している。妹が所望するカードならすべて用意してみせよう。


「ありがとう……でもそのドヤ顔はちょっとキモイ」

「お母さんもそこは同意かな」


 母と妹からまるで異物を見ているかのような視線を向けられて俺の心は傷ついてしまう。この程度の視線など何度も受けているのですぐに俺は気力を取り戻す。


「それで……どんなデッキにする?」

「どんな相手にも勝てるデッキ」

「お、おう……」


 妹の迷いのない発言に対して俺は若干反応に困ってしまう。もしそんなデッキがあれば皆使うだろうし、そもそも禁止カードとかになっちゃうよね……


「演二なら舞花に合ったものを選べるんじゃない?」

「そうだなぁ……」


 今まではただ基本的なルールや対戦の流れを覚えたりしただけだった。これがデッキを組んで実際に対戦するとなると必要な知識はさらに膨れ上がる。カード一枚一枚の効果や組み合わせ、更には相手の思考の読みなどが関わってくるとなると次の試験までの短い期間で熟練者の領域に達するのはさすがに厳しいと言わざるを得ない。


「この日も兄貴がいてくれたら無双できそうけど……」


 舞花の発言に母親は首を傾げた。当然母親は意味を理解できていないが確かに彼女の言う通り、俺がいるのなら舞花が対戦するよりは勝率はあがるかもしれない……しかし


「そうか、そうか。 舞花はお兄ちゃんのことがそんなにそばにいてほしいのか」

「違う、キモイ、〇ね!」


 俺の冗談を妹は全力で否定した。


「私はアイドルになりたいの!」


 手に力を込めながら彼女はそう言った。舞花は幼いころにシズドルのライブを生で見て以来アイドルになると意気込んでいた。俺は昔なぜアイドルを目指しているのか聞いたことがあった。


「私もしーちゃんみたいに皆を笑顔にしたいの!」


 今でもその憧れは変わっていない。二週間前の試験の日、舞花は駅で迷っているお年寄りを見つけた。歩く人々は皆不安そうにあたりを見渡している老人を無視して通り過ぎていく中、舞花は一目散にそばにかけよった。


『この病院に行きたいんだけど、どの電車に乗ればよいかねぇ?』


 週末の都心部ということもあり駅の中は非常に混雑していた。これからアイドルになる為の試験を受けに行く状況で舞花は自身の目的よりも目の前の人を思いやった。

 もしも俺が彼女と同じ状況になった時、舞花のように動けるだろうか。今はそれどころじゃない。自分の夢に向かっている最中だと適当な理由をでっちあげて周囲の人間と同じような行動をしていただろう。

 近くに駅員もいなかったがゆえに妹は老人を駅のホーム手前の改札口まで一緒に歩いて行った。その結果、目的の電車を逃してしまい、会場には遅刻してしまった。


 誰かのために、一人でも多くの人を笑顔にしたいという彼女の願いと憧れは重なっていた。


 そんな妹を見た俺は彼女のために力になりたいと思えた。


「……どうしたの兄貴?」

「そうだな、まずは環境上位と呼ばれているデッキを対戦しながら解説してみるか」


 そんな素敵な妹だからこそ俺は全力で応援すると決めたのだった。

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