第20話 変装少女はアイドル美少女
それから平日の間は俺が帰るたびにすぐに対戦練習を行い、次の日に支障が出ない程度に切り上げるのを繰り返し、気が付けば金曜日の夜になっていた。
「明日は兄貴も仕事ないんだよね?」
「そうだな」
「それなら今夜は昨日よりも長く対戦できる?」
妹はそわそわした様子で俺に尋ねてきた。今は一秒でも長くシーズンカードに触れていたいのが妹の表情から伝わってくる。その様子がかわいらしく俺はご満悦な笑みを浮かべた。当然すぐに頬を叩かれたのでその顔はやめることにした。
俺の今務めている会社にしては珍しく、明日の土曜日は休みとなっていた。今までの俺なら土曜日の休みは動画編集に費やすかもしくは寝タメをしていたが、今週末に関しては予定を決めていた。
「今夜寝落ちするまでシズカをやるのも悪くはないが……それはやめておこう」
「え……」
舞花が露骨にうなだれてしまう。俺は慌ててその理由を言うことにする。
「明日はシーズンカードの大会に出るぞ!」
「た、大会?」
「そうだ、いくら経験をつんでいるとはいえ、身内で対戦するのと他人とやるのでは色々違ってくる。 試験までは残り一週間……空いている時間を考えるならこの週末しかないからな」
「で、でも私大会なんて……」
「試験の内容を見る限り条件は似たようなものだから、今のうちに慣れておいたほうがいいとお兄ちゃんは思うぞ」
初めて大会に出るとなると見知らぬ人と顔を合わせて対戦することになる。その経験は間違いなく三次試験に役立つはずだ。
「俺も参加するから、不安だったら昔のようにお兄ちゃんに泣きついてもいいからな?」
「誰がそんなことするかキモ兄貴!」
いつものような反応を見て俺は安心する。罵倒する妹を見て安心するというのもいかがなものではあるが、それでも舞花が億劫になってしまうよりはマシである。
金曜日は日をまたぐよりも前に対戦を終了し、次の日に備えることにした。
〇
翌日、朝から俺と妹は外出し、目的地である大型ショッピングモールに向かった。
「もっとカードショップ専門店みたいなお店に行くのかと思ってた」
「そういう場所も悪くはないんだけどな……今の舞花に必要なのは大会の雰囲気と対戦の本番という経験値だ。 それならこのあたりが最適かなと」
社会人になってから大会にでる頻度はかなり減っていたがそれでもSNSが普及した現代ではある程度調べればどれぐらいの規模でどの程度のプレイヤー層が集まっているのは事前に把握することができる。今回俺は大会といっても毎週末に定期的に開催される比較的初心者から経験者まで幅広く集まりそうな場所で開催される大会を選んだ。
「私は勝たないといけないから強い人が集まる所でもよかったのに」
「いくら練習したとはいえ、舞花はまだ初心者だからな」
俺の言葉を聞いて頬を膨らませて不服そうな表情をする。そんな舞花も可愛いなと思いながらも流石に初心者の妹をガチ対戦勢の蔓延る所に放るわけにはいかないと親心のような思いで俺は微笑ん……痛い、妹よ、なぜ殴るんだ。
大会はショッピングモール内の本屋と共同で設置されているカードショップスペースで開かれていた。これは俺の偏見ではあるけど、本屋との併合施設にあるカードショップは比較的初心者でも大会に参加しやすい気がする。
「わ……子供から大人まで人がたくさん」
さっきの件で具体的な理由を挙げるなら今舞花が感想を言ったように大会に家族で参加している人が多いからだ。シーズンカードはルールがシンプルで子供から大人まで楽しめるカードゲームだ。こういった大型施設ではこのような光景を目にするのは珍しくなかった。
「それではこれより大会参加の受付を開始します! こちらに順番に並んでください」
店員さんの案内に従って参加者が一列に並んでいく。ざっと数えて参加希望者の人数は三十人前後、対戦スペースの椅子の数は十分に足りているので俺と舞花は問題なく参加できそうだった。
「…………」
「どうしたんだ、妹よ」
列に並びながら待機していると妹が無言で俺の服の袖を引っ張った。一体何事かと舞花のほうを見ると無言で対戦スペースの一か所を指さしていた。どうやら特定の誰かを見ていたらしく、「人に指をさしちゃいけません!」と注意をしようとしたがその指先にいる人物を見た俺は口を開けて言葉を失ってしまう。
「…………」
そこにいたのは数週間前に妹の体に精神が乗り移った時に見た覚えのある人物だった。
帽子を被り、マスクをして顔の半分以上を隠しているとはいえ間違いなく彼女はシズドルの一人、青野京子本人だった。
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