第7話 募集要項
「つっても舞花に振る話題はどれも地雷な気がするんだよなー」
「た、たとえば?」
「この前受けたって言ってたオーディション結果は?」
「うっ……」
二人に貰ったご飯をのどに詰まらせて止まってしまう。春香が慌ててコップに入れたお茶を渡してくれたのでそれを勢いよく飲み干す。
「その反応はだめだったかー」
「夏希、ほかの話題にしなさい」
「昨日のライブ凄かったよなー」
「あなたもしかしてわざと夏希が傷つきそうな話振ってる?」
「そういうわけじゃないんだけど、今のトレンドいったらこれしかなくない?」
夏希が携帯を取り出して昨日のライブ映像を見せてくる。教室の中を見渡しても確かに昨日のシズドルのライブの話題でもちきりだった。
「まるで本物のキャラクターがいるみたいだよなぁ」
夏希は動画を見ながら感想を漏らす。
「なんていうんだっけ、オーガストビジョン?」
「オーグメントビジョンね」
春香が夏希の間違いを訂正する。
「春香がはまってるやつとは違うのかー?」
「私がはまってるのはどちらかというとVRと呼ばれているもので、昨日のライブ映像はARと世間で呼ばれている技術かな」
「なるほどわからん」
春香の丁寧な説明に夏希は考えるポーズをして蔵すぐに首を横に振った。
「ARは現実の世界に架空の存在を置く技術で、VRは架空の世界に現実の存在を置く技術でしょ?」
私が説明すると二人は驚いたような表情にな。
「う、うんその通りだよ」
「なんで舞花がそんなに詳しいんだよ?」
「それは……自分で調べたからよ」
兄から聞いたというのは何故か無性に腹が立つため適当な嘘をつく。
昔は別に何とも思わなかったが、大学生活を終え、社会人になり久しぶりに帰ってきた兄とは微妙な距離感になってしまった。私に原因があるとは思えないから絶対に兄が悪い。
「春香が言ってたバーチャルアイドルってのもなんとなくわかったわ」
私の言葉に反応して春香が目を光らせる。
「本当、それなら是非お勧めのこがいるんだけど!!」
先ほどまでのおとなしさとは打って変わり、前のめりになって形態を取り出して画面を見せつけてくる。
「そういえば春香は2次元アイドルが好きだったもんなー」
夏希は特に興味もなさそうに焼きそばを食べながら自分の携帯を見始めた。
「現実にいない子でもこうやってファンがいるんだもんなー」
「現実にはいないけど、実在していないわけじゃないのよ!」
「お、おぉ」
今度は夏希のほうへと姿勢を変えて春香が熱弁する。春香はバーチャルアイドルといういわゆる2次元アイドルの事が大好きだ。以前私もアイドルという単語が気になって調べてみたが、アバターとよばれる2次元に存在する体に本物の人間が声を当てることによってそこに新しい生命を作り出している……らしい。
「ま、舞花も思い切ってそのバーチャルアイドルってのをやってみたらどうなんだ?」
春香に迫られた夏希が話題をそらすためにこちらに話を振ってくる。
「確かに舞花は容姿もいいけど声も綺麗だから頑張れば有名になれると思うわ」
「うーん」
アイドルになって皆を幸せにしたい。この夢をかなえるうえで現実の中か日現実の中かどうかについてあ今の時代大きな問題ではないということは私自身もわかっている。それでも私がこの夢を抱いた最初の原点はあの時の自分の気持ちだ。
「私はやっぱり現実の世界で歌って踊れるアイドルになりたいかな」
「そっか」
春香は一瞬残念そうに視線を落とすがすぐさま顏を上げる。
「それはそれで、じゃあ私の推しのアイドルについてもう一度言うわね」
「う、うん」
春香の圧に負けて私は推しの話をひたすら聞く。これでこの昼休憩の時間は終わるかなーと思ったその時だった。
「うお、マジか」
昼食を食べ終えて携帯を眺めていた夏希が突然少し大きな声を出して驚いた。
「ど、どうしたのよ急に」
「シズドルが新しくメンバーオーディションを開くらしい」
「え、夏希、今なんて言っ……」
春香が聞き直すよりも先に私は自分の携帯でシズドルの公式サイトを確認する。そこには昨日の夜更新された小田巻紫音卒業についての次の欄に新しく『シズドル新メンバー募集』が追加されていた。
春香も夏希も、そして私自身も困惑しながら全員で私の携帯画面を見る。新しい概要欄の募集要項を確認していく。
「内容としてはしーちゃんに代わる新しいメンバーを募集しますってことか」
「そ、それにしてもどうして昨日の今日でこんな急に?」
私はその内容を無言でひたすら読んでいく。
「なになに、新しいメンバー募集に関して、年齢は満18歳以上で24歳以……・アイドルにしてはずいぶん広い範囲じゃねーの?」
「シズドル二人にあわせたんじゃないかしら?」
シズドルはアイドルグループとしてすでに10年近く活動をしている。デビュー当時12歳だった彼女たちも今では20代前半だ。
「事務所や参加資格などの条件は特になし……ってまたすごいな」
普通大手の事務所の場合ほとんどは芸能界つながりなどで決まることが多い。募集要項だけそのように記載されて実際には内通で既に決まっていることがあったりもすることはこの3年間私は経験してきた。それでも……
「1次審査は簡単なウェブ登録か、舞花これお前当然……」
「受けるわ!」
夢にまで見たシズドルのオーディション、しーちゃんと一緒の舞台に立つという夢が壊れた翌日にいきなり自分の目指している夢への道が現れるとは思ってもいなかった。
「……ん?」
「どうしたのよ夏希」
夏希が私の携帯画面を見て目を細めた。それを不思議に思った春香が疑問を返す。
「いや、この募集要項の一番最後の文が気になってな」
「えっと……んん?」
春香も首をかしげる。二人の態度に私も気になり改めて最後の文章を見返す。
「シーズンカード経験者……?」
「シーズンカードて……」
携帯の画面に映し出された募集要項を見て春香が言葉を漏らす。
「あれだろ、シズドルの人達がたまにやっていたカードゲーム」
夏希が説明する。彼女の言う通り、シズドルの人達が日曜日のレギュラー番組でたまに番組の専用コーナーで扱っていた。
「でもどうして募集の最後にここまで大きな文字で書かれているのかしら?」
春香の疑問はもっともだった。他の募集要項に比べてこの項目だけ明らかに強調されている。まるでそれが最優先事項ですといわんばかりに感じ取れた。
「夏希と春香はシーズンカード詳しい?」
「ウチは全然だなー」
「わ、私もあんまり……」
二人の言葉を聞いて私は深い溜息を吐く。
「そうだよね……私も全然分からないや」
しーちゃんの事は大好きだった。しーちゃんの好きなものなら知識として備わっている。それでも流石にシーズンカードまでは詳しくなかった。
「付け焼刃の知識でなんとかなるかな……無理だよね」
自問自答で解決してしまう。このままではオーディションに通らない。
「そういえば舞花の兄貴ってシーズンカードやってなかったか?」
夏希の言葉を聞いてピタリと私は動きを止めた。
「昔、舞花ちゃんの家に行ったときにお兄さんとポケモンカードやった記憶があるけど……もう10年も前よね?」
「…………」
「おいどうした舞花、急に固まって?」
「…………」
言えるわけがない。自分の兄があれから10年が過ぎて社会人になってもシーズンカードをやっているなど。
「……お前の兄貴に頼ればいいんじゃないか?」
勘の鋭い夏希がニヤリと笑いながら話す。
「むむむりよ、私もう何年もまともにアレと会話していないのよ!」
「でもこのままだと舞花ちゃんオーディション受からないよ」
「う……」
言葉が出てこなかった。笑う夏希と心配そうに見つめてくる春香の視線に耐えきれなくなり私は頭を掻きむしって息を吐く。
「……今夜、聞いてみるわ」
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