第8話 シズドルの現状
「まったく、いくらなんでもはやすぎるだろ!」
マネージャー長谷川のあきれつつも怒りを含んだ声が会議室に響き渡る。
「あなたも決断は早くしたほうがいいって賛成したじゃない」
会議室の椅子の一つに座っている京子が長谷川に視線もむけずに答える。
「確かに賛成はしたが、まさか次の日とは思わないだろ。 マネージャーの俺にぐらい一言言ってくれないといろいろ困るんだよ」
「でもあなたが正式に私たちのマネージャーになるのは来週からでしょ? 現マネージャーに伝えた結果、今日告知に決定しました」
京子のそっけない態度に長谷川は頭をかいて机に顔を向けた。
「みろ、SNSでは軽く炎上してしまっているぞ」
内容を確認すると紫音の卒業直後に新しくメンバを募集することに対して不信な意見がほとんどだった。
昨日の夜、生放送でいきなりシズドルからリーダーの紫音が卒業するといってからいまだに詳細については何も公開されていないのだ。
「それなのにこんな告知をしたら当然こうなるわな」
「その件に関しても、すでに手は打ってるわ」
京子はそういうと近くに置いていたアイパッドをプロデューサーの前に見せる。
「メンバー募集の告知から30分後にシズドルの3人から昨日の件と募集の理由について説明した動画を流します、これで先ほどの悩みは解決かと」
「そのことも俺は何一つ知らされていないんだが……」
「これも紫音と奈々子、前プロデューサーと決めた事ですから」
京子のそっけない態度に対して怒るわけでもなく、深いため息をつくと長谷川は内ポケットにしまっていた煙草を取り出して一服しようとする
「ここ、禁煙ですよ?」
「電子タバコだからいいだろ」
「…………」
京子の冷たい視線に耐えきれず、長谷川は口元から煙草を離す。
「わるかった、けど頼むから今後は必ず俺に介してそういうことはやってくれよ」
そういうと長谷川は会議室から出ていった。
「相変わらず新しいプロデューサーには厳しいのね」
京子の隣に座っていた奈々子が困ったように笑いながら口を開く。
「新しいプロデューサーになめられるわけにはいかないから」
「そんなこと言って前プロデューサーにはでれでれだったじゃない」
「だ、だからこそだ」
こほんと京子は軽く咳払いをする。奈々子も彼女が言いたいことはわかっていた。だからこそ先ほどまでの長谷川とのやり取りの間には口を挟まずに見守っていたのだった。
「今でも紫音が卒業する事、後悔しているの?」
「前にも言ったはずだ……後悔する事があるとするならば、自身の弱さだけだ」
京子はもうこれ以上しゃべることはないといわんばかりにその場で姿勢を整えて目を閉じる。
シズドルが所属している事務所には奈々子と京子の二人しかいない。今現在シズドルのリーダーである紫音は今この場所にはいなかった。
「紫音に代わるような子がきてくれるかしら」
奈々子は窓の外を見る。空は快晴だというのに二人の心はこの会議室の中のように暗く静まり返っていた。
「紫音と同じではだめなんだ、そのことは紫音自身も言っていただろう」
「そうね……」
酷な要求だと奈々子は思う。紫音以上の逸材をオーディションで集めることなど大海の中から一目で真珠を見つけるようなものだ。
「私にも、そして奈々子にもそれが出来なかった。だから紫音は……」
再びの沈黙が会議室の中に流れる。
「それじゃ、今からおいしいものでも食べに行きましょうか」
奈々子はポンと手をたたくと京子に手を差し伸べる。
「私はいい……奈々子一人でいってきてくれ」
京子は長谷川にとった態度と同じように目を閉じて話を終えてしまう。これ以上話しても無駄と悟った奈々子は言葉をかけてから会議室を出ていった。
「紫音ならきっと言葉巧みにつれだしたんだろうなぁ……」
会議室を出た奈々子がぽそりとつぶやく。奈々子はそのようなことが出来るほど器用ではないことは自覚していた。かといって彼女をまねて自分らしくない行動をとるのもそれは違う気がしていた。
「新しくシズドルに入ってくれる子にはきっとそういうことが出来る子を……」
そう思いかけて先ほど京子が言った言葉を思い出す。紫音が卒業することを決めた、あの時最初に言った言葉を
『次に新しくシズドルに入ってくる子は私と同じじゃなくて、私以上に輝ける子にしなさいよ』
まったく、卒業する子から出るとは思えない傲慢な言葉だと思わなくもない。しかし的を射ているとも奈々子は思ってしまう。紫音が抜けたシズドルの評判がどうなるかなど、世間の目を見るまでもなかった。だからこそ彼女の言葉も理解してしまう。
「きっと求められているのは……」
紫音のような強烈なスター性……だけではなく、今の奈々子や京子を自然と動かしてくるようなそんな存在が必要なのだろう。
「いけないいけない。 私自身も今まで以上に頑張らないとね」
奈々子は両ほほを軽くたたくと気を取り直して、事務所の中を歩き始めた。
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