第6話 舞花の日常
「ちゃーっす、元気か舞花?」
「舞花ちゃん、ほんとに大丈夫?」
朝礼が終わり、1限が始まる前、私の席の前には二人の友人がやってきた。最初に声をかけてきたのは茶髪のサラサラストレートロングヘアー、しゃべり方と雰囲気共に少しだけ昔のヤンキーのような
「大丈夫に見える?」
「全然みえねー」
「みえないね」
さらっと夏希が答えてそれに春香が同意する。二人のほうに顔もむけずに机に顔を突っ伏して会話している時点で普段の私ではないことは察しているのだろう。
「どうせ昨日のしーちゃんの件だろ?」
その言葉にびくっと体が反応する。その反応を見てわかりやすい奴だなーと夏希はあきれたように笑う。
「学校もその話題でもちきりだもんね」
春香がフォローするように説明してくれる。家を出たときから学校について自分の席に着くまでの記憶があいまいな私はそのことにすら気が付かなかった。
「別にしーちゃんのファンじゃないウチですら衝撃的だったから舞花は比じゃないよなぁ」
「ずっとファンだったもんね」
「……うん」
二人の言葉を聞いてゆっくりと顔を向ける、
「うわ、ほんとにひどい顔してんな、せっかくのかわいい顔が台無しじゃん」
「ちょっと夏希ほんとのこと言うのは失礼でしょ」
「ほんとのことって、それも失礼じゃね?」
「あ、ごめん舞花ちゃんそんなつもりでいったつもりじゃないの!」
夏希のつっこみにあわあわと両手をふって否定する春香。二人のやりとりを机に顎を当てながら眺めていると始業開始のチャイムが聞こえてきた。
「ほんとに体調悪いなら保健室で休めよ?」
「また後でね」
二人が私に気を使いながら自分の席に戻っていく。授業が始まり教師が授業を始める。いつまでも机に突っ伏しているわけにもいかず、ノートとテキストをカバンから取り出し姿勢だけでも授業を受けているような姿勢をとる。当然教師の話など頭に入ってはいなかった。
昨日しーちゃんの卒業宣言を聞いてから放心状態になり、自分の部屋に戻ってからようやく状況に対して理解が追いついて、そして泣いた。
昨夜はほとんど寝れなかった。朝鏡に映った私の顔はみるに堪えなくて、スマホでニュースやSNSを確認しても昨日の出来事は夢ではなかったと再認識した。
「……しーちゃん」
テレビの内容を思い出して再び目元に涙があふれそうになってしまう。まだ感情の整理が出来ていなかった。
私の将来の夢はアイドルになってたくさんの人たちを笑顔にすることだった。最初にこの夢を抱いたのは10年前、今でも鮮明に覚えているのは生まれて初めてのライブ会場で見たシズドルの姿だった。
まだシズドルが今ほど有名ではなかったころ、地元のデパートの屋上で開催されたアイドルのミニライブ会場で私は彼女たちに魅了された。
決して観客の人数もライブの規模も大きいものではなかった。それでもファンを目の前にしたアイドルの姿を見て私は強烈に感動とあこがれの感情をいだいたのだった。
それからアイドルになる夢を目指すまでに時間はかからなかった。けれど、芸能界に入るためのコネなんてものは当然持ってはおらず、両親も子供の些細な夢だと真面目に取り合ってもらえなかった私がオーディションに本格的に応募するようになったのは高校生になってからだった。
気が付けば今年で高校3年生、数多くのオークションに挑んでみたが、結果は散々だった。「今は昔に比べてアイドルという文化が厳しい時代になった」とたまたま見たテレビ番組で有名なプロデューサーが口にしていた気がする。シズドルがデビューした当時はそれこそ毎年、毎月、毎週いろいろな芸能部署から新人アイドルがデビューをしたりもしていたが、近年ではメジャーデビューをするアイドルはめっきり減っていた。
私なりに理由をいろいろ考えたが、それこそプロデューサーが言っていたようにアイドルという文化自体が流行ではなくなってきているのかもしれない。
それでも決して、アイドルという文化が大衆から離れてしまったわけではないと私自身は確信をしている。なぜなら昨日のシズドルのライブがネットで世界トレンド1位になったように、しーちゃんの卒業宣言が次の日世間の話題を一色で染め上げたように、人々の関心はあるのだ。
「……おーい、きこえてるかー」
声のする方向をむくと机の目の前には夏希と春香がこちら側の顔を覗き込むように見ていた。
「あれ、今は授業中じゃ」
「舞花ちゃん、授業はとっくに終わって今は昼休みの時間だよ」
「……え?」
教室内の時計の時刻を見ると針は12時を指していて、夏希の言う通りだった。
「こーれは重症だねぇ」
夏希がやれやれとわざとらしいため息をつく。
「二人は今日学食に行く?」
春香が時計を見て驚いている私と夏希に確認をとる。
「私は……」
持ってきたカバンの中身を確認してハッと気づく。そう言えば今朝はいつものように母親が作ってくれている弁当を受け取らずにすぐに出てきてしまっていた。
「今日は昼ごはんいいかな、二人とも食べに行ってきて」
そこまでお腹はすいていない。学食に行く気力もないが、それを口にするわけにもいかず、二人には適当に言葉を返す。
「んじゃ、ここで食べるかー」
「そうね」
「え?」
二人はそういうと近くにあった机と椅子を私の机に寄せて弁当を取り出し始めた。
「夏希が弁当持参なんて珍しいじゃない」
「なんだよ、ウチが自炊するのがそんなにおかしいのかよ」
別にと珍しく春香が夏希を茶化す。きょとんとしている私と二人の目が合うと再びわざとらしいため息をして夏希がっ口を開く。
「あのなぁ、どうせ弁当家に忘れて食堂良く元気もないとかだろ、そんなのお見通しだよ」
「う」
分からないとでも思ったのかと軽く愚痴をこぼしながら夏希が自分の弁当箱を開ける。
「私たちの付き合いももう10年目だもんね」
春香もおなじように包んでいた風呂敷を広げて弁当箱を取り出した。
「ほら、ウチの弁当半分あげるから元気だしな」
そういうと夏希は2段弁当の上段をそのまま差し出してきた。
「あなた、上下ともに焼きそばって……」
「う、うるせーな、時間がなかったんだよ」
春香の突っ込みに対して夏希が少し顔を赤くして視線を逸らす。
「それなら私からははいどーぞ」
春香は弁当の蓋を裏返し、弁当箱の中にあった野菜やお肉などをきれいに取り分けた。
「でも私、箸も持ってないから…」
「安心しな、箸ならストックがあるぜ」
えへんと誇らしげなポーズをとると夏希は使い捨ての箸を渡してくれる。
「元気がない時はご飯を食べるのが一番だからな」
わははと笑いながら夏希は焼きそばを食べ始める。
「無理に食べなくてもいいわ、でも夏希の言う通りご飯を食べることで元気になる事もあるからね」
ふふっと春香も笑いながら両手を合わせていただきますのポーズをとる。
「さーて、せっかくの楽しい昼食の時間だ、明るい話題でも話そうぜ」
「夏希はデリカシーがなさすぎよ、そういうことはもっと間接的に言いなさい」
二人が昼食をとりながらぎゃあぎゃあと話し合う。その光景を見て不意に笑みがこぼれ出た。
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