第5話 引退宣言
「みなさん、今日は本当の本当にありがとう!! 私たちの新しいライブはどうだったかな?」
しーちゃんが歌い終えて少し息を荒らげながら画面越しの人たちに尋ねてくる。
歌が始まる前まではハイテンションになっていた妹も今は驚きのあまり言葉が出てこない状態だった。かくいう俺も今のこの感情を表現できる気がしない。それほどまでに圧倒的なライブだった。
「私は最高でした!! そしてこんなにも素敵なライブの用意をしてくれたオーグメントビジョンの皆さんには感謝でいっぱいです!!」
「それはこちらのセリフデース!」
3人がいるところとは別の方向から女性の声が聞こえてくる。
声のする方向をカメラが移すよりも前に、オーグメントビジョン社長のビビがライブ会場に突撃してきた。
「二ホンのアイドルは最高デース、ワタシずっとアナタタチの大ファンでした、後でサインくださーい!」
ビビは歓喜の涙を流しながら全員と大きく握手をしていた。
「完全にただの一人のファンみたいになってるな」
ビビの盛り上がりをみて俺は愛想笑いが出る。アイドルの3人は流石というべきか目の前のファンに対して満点の笑顔で接している。ちなみに舞花は横でずるいと画面先のビビに嫉妬の炎を燃やしていた。
「そ、それにしても凄い技術でしたね!」
遅れてアナウンサーが会場にやってきた。全員と握手をして満足そうな顔のビビはアナウンサーの顔を見ると顔つきが変わり、マイクを手に持ってアナウンサーの横に歩いて行く。
「これが新しいギジュツ、オーグメントライブ機能でーす」
「オーグメントライブ機能」
画面の中のアナウンサーと俺の声が重なる。ビビの隣に翻訳者のような人が現れると彼女の代わりに説明を始めた。
「ARについての説明はここでは省かせていただきますが、仮想の存在を現実に加えることで今までにないライブを再現できるようになりました」
「これは画期的な技術ですね」
「もちろん、何もかも自由というわけではありません、シズドルの皆さんにはあらかじめ何日も前からオーグメントライブに合わせた動きの練習をしてもらっていました」
「そういうことか」
解説を聞いてようやく俺は納得する。
「何一人で納得しているのよ」
妹が不機嫌そうに俺にあたってきた。
「ライブの時、本当にキャラクター達を触っているようにみえたのは、シズドルの3人がまるでそこに実物があるように演じて踊っていたわけだったんだなって納得したんだよ」
「なにそれ、つまりシズドルの3人がすごかったってことじゃない」
「まぁ、それもそうだな」
当然、リアリティのある架空物を作り出したオーグメントビジョンの技術をふくめての凄さではあるのだが、このライブ形態は革命的であることに違いはなかった。
「今回発表させていただくのはここまでになります、また近々大きなお知らせをさせてもらいます」
それでは皆さんバーイというとビビは会場から姿を消した。終始彼女に振り回されたアナウンサーはふうっと小さなため息を漏らすとはっとして再び進行を務める。
「そ、それではいったんCMに入った後に、シズドルから重大告知です!」
テレビはCMに切り替わった。
妹も母親もまだライブの余韻が抜けていないのかその場から動かずにCMを見ていた。
携帯でSNSを確認すると既に先ほどのライブの感想が話題になっていた。
「すごいな、ライブ終わってまだ5分もたっていないのに世界トレンド1位になってる」
俺の言葉に反応して妹も携帯を取り出して確認する。先ほどのライブ映像の写真が大量にSNSには流れている、そのどれもが改めて現実のものとは思えないほどのクオリティで見ていなかった人たちは驚きと称賛の声を上げていた。
妹は画面を見ながら幸せそうな顔で画像を見つけては保存し始めた。
「はぁ? コラ画像じゃないわよ!」
妹は携帯画面に向かって相手にきれはじめた。あまりにも非現実的な画像すぎて疑う人たちもいるのだろう。気持ちはわからないまでもない、実際に今テレビを見ていなかったら俺も同じような反応をしていたと思う。
「しーちゃんは素敵だなぁ」
今度は画面を見ている妹がうっとりとし始めた。感情の起伏が激しすぎる。
「本当にしーちゃんの事が好きなんだな」
「は? 当たり前じゃない」
俺を見るなり不機嫌になるのやめてもらえませんかね……
テレビを見るとCMが終わり再びスタジオが映し出された。アナウンサーの隣にはシズドルの3人がたっている。
「今日は素敵なライブありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました!」
しーちゃんがアナウンサーのあいさつに対して笑顔で受け答えをする。妹はSNSのスクショでは足りないのかしーちゃんがテレビに映り始めると今度はその画面を携帯のカメラで写真を撮り始めた。
「あーあ、兄貴じゃなくてしーちゃんが私の本当の姉とかだったらよかったのになぁ」
妹は冗談を言って……冗談だよね?目の前に本物の兄がいるのにそんなこと言うと本気で泣いちゃうよ?
俺の傷ついた心など気にもせず妹は再び画面に映ったしーちゃんの写真を撮り始める。
「今日は何やら重大な告知があると聞いていたのですが、きいてもよろしいでしょうか?」
アナウンサーがしーちゃんに問いかける。しーちゃんは、質問に対してはい、と元気よく返事を返すとすうっと息を吐いて呼吸を整える。
「いつか私もアイドルになってしーちゃんと一緒の舞台に……」
高校生になってからはアイドルオーディションがあるたびに申し込んでいると母親から聞いていたが、妹のあこがれの原点はやはり彼女なのだろう。
今はまだ、遠い夢かもしれない。それでもお兄ちゃんは応援しているぞ。
妹の夢を再認識した、その直後だった。
「私、シズドルを卒業します!」
画面の向こう側で、しーちゃんはそう告げた。
「え?」
今のえ?という声はアナウンサーの声でもあり、カメラマンの声でもあり、洗い物をしていた母親の声でもあり、俺の声でもあり、今しーちゃんをみている人々全員の声だった。そして当然隣にいる……
「…………え?」
妹の声でもあった。
先ほどまでカメラマンのように写真を撮っていた手は止まり、妹の手元からスマホが床に落ちる。
世界中の時が止まった音を聞いたような気がした。
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