第7話 明かされる真実
突如現れたレオの姿に、エリスは何も言えずただ驚くばかりだった。そんな彼女の様子を見て、レオはおかしそうに笑顔を浮かべる。
「驚くよな。驚いて当たり前だ」
そして、エリスに向かって丁寧にお辞儀をした。
「ウィンフォード領の次期領主、レオナルド・ウィンフォードです。以後、お見知り置きを」
「でも、風弓の大会では違う名前を……」
「あれは偽名だよ。大会には身分を隠して出場した」
「いったいなぜ?」
「まあ、最初から話さないとわからないだろう。まずは座って」
エリスは言われるがままソファに座った。ウィンフォード氏とレオは、エリスと向かい合う形でソファにつく。ウィンフォード氏は、エリスを真っ直ぐに見据え、話を始めた。
「すべての始まりは、一ヶ月前に遡る。神殿から
「はい。アークメイアを統べる神子。神子の力があるからアークメイアの太陽は輝き、安寧が保たれている。学校でそう習いました」
「そうだ。神子はアークメイアになくてはならない存在だ。しかし、その命は永遠ではない。神子に宿った力は年月を経ると新たな神子へと移る。神子から神子へ、力は何百年と受け継がれ、アークメイアを支えてきた。
新たな神子となる者に力が受け継がれ始めると、現在の神子は徐々に弱っていく。力こそ、神子を生かす唯一のものだからだ。しかし、新たな神子が誰なのか我々が知ることはできない。すべては運命によって決まり、人間が手を出せる領域ではない。
そこで、現在の神子は新たな神子に関するお告げを出す。新たな神子と現在の神子は受け継がれた力によって繋がっているから、明確にとまではいかないが年齢や性別などの要素はおぼろげにわかる。今回、神子が出したお告げは『十五歳・女・エメラルドグリーン』。この三つだ」
エリスは思わず自分の目に手をやった。その様子に、ウィンフォード氏は頷く。
「神子のお告げは各領主に伝わっているが、それだけで新たな神子を探すのは容易なことではない。難解な謎かけのようなものだ。そんななか、私達は神子に関する古い伝承を頼りにすることにした」
「伝承?」
「今から九百年前、世界は神のもとで統一され、二つの民族が共に手を取り合って暮らしていた。神の力によって太陽の光も作物の豊穣も、すべてが安定的に保たれていた。しかし、欲を出した一方の一族が力を独り占めしようとして考えたのが、神殺しだ。
何千人もの一族が総出になり呪いの言葉を唱え、実体としての神を殺し、力だけを奪おうとした。危険を察した神は自ら力を手放し、実体を消し去った。そして、手放された力は神によって選ばれた人間に移された。人間には神殺しのための呪いの言葉は効かない。そのため、一族の企みは回避された。
それでも、神が消えたことによる世界への影響は大きかった。太陽は雲に隠れ、作物は枯れ、人々は窮地に陥った。そこで登場したのが神の力を宿した人間だ。その人間は神の力を使い、一本の矢を空へと放った。矢は雲を切り裂き、太陽の光をもたらした。太陽によって再び作物は蘇り、人々の生活も元に戻った。人々は神の力を受け継いだ人間を神子と呼び、国を統べる存在として崇めることになる。
ただし、神殺しを企んだ一族は神子の恩恵を授かることはできなかった。彼らは荒廃した地上を捨て、地下で生きることを選ぶ。そう、それが今のエルドリア。そして、太陽のもとで神子の恩恵を受けた国こそアークメイアだ。
伝承では、こう記されている。『神子が放った矢は風の如し――まさに風弓である』。これが、現在の国技・風弓の語源となっているんだよ」
「……全く知りませんでした」
「今の学校ではここまで深く学ぶことはないからね。神子に関する伝承は、エルドリアに対する悪感情を増幅させる可能性がある。確かに我々とエルドリアは古くから戦いを重ねているが、それはすべて神子の力を欲するエルドリアから仕掛けられたものばかりだ。我々としては、国の平穏を守る方が優先で、エルドリアと全面戦争をするつもりはない。こうした考えてもあって、この伝承はあまり伝えられていないんだ」
ウィンフォード氏はひと息つき、エリスを見た。
「神子に授けられる力がどのように発揮されるかは、その時々によって変わる。ある神子は予知の力を、ある神子は癒しの力をといったように、さまざまな力がもたらされてきた。もし、今回誕生する神子に風弓の力が備わっているとしたら、きっと優れた弓使いとして生きている。私達はその可能性に賭けた。
風弓の大会の本選出場者を調べたところ、大会最年少の十五歳、エリス・アルバンが出場することを知り、レオナルドを偵察にやることにした。彼は昔から弓の技術が高かったからね、直前で本選出場者にエントリーさせても問題ないと判断した」
「それじゃあ、レオ……レオナルド様は予選を受けたわけではなく、ただ私を偵察するためだけに本選に参加したということですか?」
「まあ、そういうことになる。風弓の大会を行う会場は、我がウィンフォード領にある。主催者はウィンフォード家の者だから、レオナルドを飛び入り参加させるのはわけでもない」
飛び入りで参加してあの実力を出せるなんて、とエリスは改めてレオの才能に感服した。
(いや、今はレオの弓について考えるタイミングじゃない)
エリスは自分自身を戒め、背筋を伸ばした。
「お言葉ですが、確かに私は風弓を得意としていますし、瞳はエメラルドグリーン、年齢は十五歳です。しかし、それだけで私が神子の力を受け継いでいると言えるのでしょうか。だって、私は本当に普通の人間で……」
そこまで言ったところで、レオが口を挟んだ。
「神子であることを証明する決定的な要素があるんだ」
「決定的な要素?」
レオは、自分の右目を指さした。
「目の色。神子は、力を出すときに両目が金色になる。ただし、完全に力を受け継いでいない段階では片目だけが金色になるという。僕は見たんだ。風弓の大会で矢を放つとき、君の右目が金色に染まったのを。君、以前も目の色が変わったことがないか?」
エリスは練習場での騒ぎを思い出し、頷く。
「風弓の練習場で右目が金色になったと言われたことはある」
「それこそ、力が現れた証拠なんだよ」
そう言われても、エリスは到底受け入れることができなかった。
(振り返れば、矢を射るときの不思議な力の根源は、もしかしたら神子の力だったのかもしれない。でも、それでも……私が神子だなんて)
ウィンフォード氏は、優しく諭すようにエリスに話しかけた。
「もちろんすぐに受け入れるのは難しいだろう。それに、まだ確定ではない。君が本物か確かめるため、神子に会ってもらう。もし、君が本物であれば新たな神子と現在の神子が共鳴し合うのだ。そこで、君が本物であることが証明される」
「それでは、私が神子ではないという可能性もあるんですね」
「全ては神子に会わなければわからない」
本物でなければ良い、とエリスは思った。自分が神子となるなんて、あまりにも大それたことで気が遠くなりそうだった。
「明日、神殿に向けて出立する。その際はレオナルドも従わせる予定だ」
「あの……もし、万が一私が神子だった場合、どうなるんですか?」
「神子は神殿で暮らす習わしになっている」
「もう家には帰れないと?」
「そういうことになる。明日、家に迎えを行かせるから用意を整えてほしい」
心の準備もできないまま明日出立しなければならないことに、エリスは戸惑いを覚えた。
「もう少し猶予はもらえないのでしょうか?あまりにも突然なことで……」
「神子の喪失はアークメイアに大きな損害をもたらす。可能性がある者はすぐに神殿へ赴く必要がある。残念ながら、君に選択肢はないんだよ」
ウィンフォード氏は柔らかな表情を浮かべる一方、厳しい言葉でエリスを諭した。選択肢はない、という現実にエリスの身体は強張る。自分の中に芽生えた力が、自分自身ではどうにもできない運命を手繰り寄せていた。
(もう私の意思なんて関係ないんだ)
怖い、という思いが喉元にグッと押し寄せた。それをどうにか飲み込み、わかりました、と小さく呟く。そんなエリスの様子をレオはじっと見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます