第43話 身内会議

 春、夏と半年間を鍛冶に目一杯打ち込んだおかげで、俺の鍛冶の腕前はかなり上がった。

 扱える素材はずいぶん増えて、今は魔法銀を主体にやっている。

 魔法銀は名前の通り、魔力が含まれた銀色の金属だ。

 軽い上に魔法と相性がいいので魔法使いに愛用されている。

 ただ頑丈さはやや難あり。

 なので生粋の戦士たちには、耐久度抜群のアダマンタイトのほうが人気がある。


「ユウ様よぉ。ダンジョンでグリーンドラゴンをぶっ殺したら、こんな素材が手に入ったぜ」


 ある日、ルクレツィアが変わった素材を取ってきてくれた。

 緑色でツヤツヤした鱗である。


「おっ、これは竜鱗だな! 素材としては最高クラスだよ。やるじゃないか!」


 俺が目を丸くすると、ルクレツィアとクマ吾郎は得意げな顔になった。


「へへっ。あたしらにかかれば、ドラゴンだって敵じゃないんだよ」


「ガウ!」


 まったく頼もしいな。

 俺の手の竜鱗を覗き込みながら、ルクレツィアが言う。


「ドラゴンは色違いが何種類もいるだろ。そいつらの鱗も素材になるの?」


「もちろんだ。ドラゴンは属性を持っているからな。例えばこのグリーンドラゴンは、弱い冷気属性。レッドドラゴンは火属性」


「へぇ~。じゃあ、色んな色のドラゴンの鱗をむしり取ってくりゃあ、ユウ様の鍛冶の役に立つな?」


 俺はうなずいた。


「今の俺の実力じゃ、竜鱗はちょっと難易度が高いが。もっと練習すれば、必ず扱えるようになる。そうすればお前たちの武器や防具を作ってやれるよ」


「いいね! ユウ様が作ってくれた斧、切れ味よくてさ。気に入ってるんだ」


 そんな話をしていると、バドじいさんがひょっこり顔を出した。


「今、竜鱗がどうとか聞こえたんじゃが」


「うん、ほらこれ。ルクレツィアとクマ吾郎が取ってきてくれた」


 グリーンドラゴンの鱗を見せると、彼は目を輝かせた。


「おおお、素晴らしい! 竜鱗は宝石加工スキルでも最高ランクの素材でしてなあ。これがあれば、効果の高い護符が作れるのじゃ」


「鍛冶でも使いたいし、取り合いになるな」


 俺が言うとみんな笑った。

 ルクレツィアが胸を叩く。


「取り合いにならないくらい、たくさん取ってきてやる。心配すんな」


「助かるが、無理だけはするなよ」


「わーってる。あたしが死んだらユウ様が泣いちゃうもんな?」


 また笑い声が起きた。







 順調に回っている生活だったが、ここへ来て一つ問題が起きた。


「ご主人様。ちょっといいですか?」


 鍛冶場から家に戻ってきた俺に、エリーゼが困り顔で話しかけてきた。


「どうした?」


「最近、お店がとても繁盛していますよね。そのおかげで手が回らなくて困っているのです」


 エリーゼはため息をついて続けた。


「レナさんとバドさんは、生産に集中してほしいですし。イザクさんは畑で手一杯。エミルとわたしで店を切り盛りしていますが、どうしても行き届かない部分が出てしまって」


 エリーゼは販売員だけでなく、帳簿付けや在庫管理も行っている。

 その他、家の家事などもみんなで分担している現状、誰もが多忙なのだ。子供のエミルでさえちゃんと仕事をしている。

 エリーゼは裁縫スキルを休んで店に集中しているが、それでも回っていないんだな。


「人手不足だな……。分かった。また奴隷を買おうか」


 奴隷制は未だに嫌いだが、もうそんなことも言っていられない。


「そうしてもらえると、助かります」


 夕食時、みんなが揃ったところでこの話を切り出した。

 今日はルクレツィアとクマ吾郎も戻っている。ちょうどいい機会だった。


「というわけで、人手不足解消のために奴隷を買おうと思うんだ。どんな人がいいとか、みんなの意見を聞きたい」


「接客と計算ができる人だと助かります」


 エリーゼが言った。

 彼女の仕事は店関係。特に帳簿や商品管理は一人でしているので、負担が重いだろう。


「私は助手がほしいです」


「わしもじゃ」


 錬金術のレナと宝石加工のバドじいさんは、同じことを言った。


「最近は店の売上が好調で、生産が追いつかないんです。ユウ様たちのダンジョン攻略の際には、良いポーションを持っていってほしいから」


「わしも作るはしから売れる今の状態は、ありがたいんじゃが。いいものができたら、ユウ様やルクレツィアやクマ吾郎に使ってほしいんじゃ」


「ガウ」


 バドじいさんはクマ吾郎の頭を撫でた。

 そのクマ吾郎の首には、宝石の嵌った首輪がつけられている。

 魔法の守りが込められた、バドじいさん自慢の一品だった。


「オレは畑をもっと広げたい。農業スキル持ちを買ってもらえるとありがたい。できれば三、四人」


「そんなに?」


 思わず言うと、イザクはうなずいた。


「広い畑を手入れするには、人手がいる。今はオレ一人でやれる分しかやっていなくて、いつももったいないと思っていた」


 今でもけっこう広いと思うんだけどな。

 特に今年は春蒔きの小麦を植えたので、そろそろ収穫できそうなのだ。

 小麦が採れれば麦粥にしたり製粉してパンにしたりと、自給自足の幅が広がる。


「……そういえば、製粉するにも労力がかかるよな」


「そういうことだ」


 俺のつぶやきにイザクが同意した。

 純粋な農作業だけでなく、周辺の仕事も含めての人数か。なるほど。


「あたしはやっぱり、戦闘仲間だねー」


 ルクレツィアは通常運転だな。


「でも、アレス帝国人はやめといたほうがいいよ。腹黒くて欲深いのが多いから。同じ帝国人のあたしが言うのも何だけどさ! あはは!」


「そういやルクレツィアはアレス人だったな」


 アレス帝国は西の大陸にある国だ。

 ここ数十年で一気に勢力を拡大した新興の国で、強大な軍事力を背景に積極的に戦争を行っている。

 二十年前の森の民殲滅戦争も、帝国が中心となって連合を組んだと聞いている。


 ただ、何と言っても海の向こうの話だ。

 パルティア王国にとって、アレス帝国の戦争は遠い国の話。そもそもアレス人を見かけること自体少ない。


「ルクレツィアはなんで奴隷になったんだ?」


「傭兵として戦争に行ったけど、局地戦で負けちゃって。敗走の途中で奴隷商人に捕まった。で、流れ流れてパルティアまで来たのさ」


 軽い口調で言われて逆に戸惑ってしまう。

 彼らは俺とはまた違った理不尽さで、奴隷になったのだ。


「ぼ、ぼくは……」


 最後にエミルが口を開いた。大人たちの視線を集めると、びっくりして言葉を切ってしまう。

 色の薄い金髪がさらさら揺れている。


「やっぱ、いいです」


「大丈夫。言うだけ言ってみてくれ。必ず希望を聞き入れると約束はできないけどな」


「うん。じゃあ、ぼくは友だちがほしい」


 あぁ、そうか。ここは大人ばかりだ。九歳のエミルは、遊び友だちがほしいよな。


「考えておく」


 そう言うと、エミルはにっこりと笑った。

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