第35話 王都での一幕
王都パルティアに到着した俺は、さっくりと納税を済ませた。
税務署はいつもどおり混雑していたが、締切に余裕のある俺にとって何ら問題ではない。
「よし、終わった。それじゃあ後は、観光と買い物でもして帰るか」
俺は王都に何度か来ているが、エリーゼは初だからな。
名所をいくつか案内してやろう。
それに、以前よりもお金に余裕ができた。いい装備や魔法書があったら買いたいと思っている。
今回はクマ吾郎も連れて町歩きをした。
クマ吾郎はとても利口な熊なので、人混みでも騒いだりしない。いい子で後をついてくる。
エリーゼは王都ほど大きな町に来たのは初めてだそうで、ずっときょろきょろしていた。
「ご主人様、大きな建物があります。あれは何でしょう?」
「豊穣の神の神殿だな。神官が大勢暮らしている」
「お店がすごくたくさんあります! わあ、かわいいぬいぐるみ!」
エリーゼは目を輝かせている。
「買ってやろうか?」
ぬいぐるみくらいなら、大した値段でもない。
俺の言葉にエリーゼはもう一度ぬいぐるみを見て、それから首を振った。
「いいえ、旅の邪魔になってしまいますから」
「そうか? じゃあその小さいマスコットはどうだ。あれなら邪魔にならないだろ。せっかく王都まで来たんだ、記念品を一つ買っていけばいい」
「でも……」
エリーゼは迷った様子で、少ししてから言った。
「じゃあ、あれをお願いできますか?」
彼女が指さしたのは、カラフルな表紙のノート。
ぱらぱらとめくってみると、それぞれのページにかわいらしい熊の絵が印刷されている。
「お、いいじゃん」
「かわいいです。それにノートなら、スケジュール管理のお仕事に役に立つので」
エリーゼはしっかり者だな。
そういうことであれば、買うのに何の問題もない。
「ありがとうございます。大事に使いますね」
嬉しそうにノートを抱えるエリーゼを見て、俺もほっこりした。
それからあちこちの店を巡って、俺は何冊かの魔法書を買った。
おなじみのマジックアローと戦歌の魔法に加えて、新しく光の盾の魔法と沈黙の魔法に挑戦してみることにしたのだ。
光の盾は防御力アップ。
沈黙は相手の魔法を封じる。
俺の読書スキルも少しは上がったからな。
新しい魔法を覚えて戦術に幅を出したい。
次は武具を見てみようと大通りを歩いていると、衛兵に呼び止められた。
「冒険者のユウだな?」
「えっ、あ、はい、そうですけど」
カルマ下がりまくり犯罪者時代のトラウマで、俺は衛兵が苦手になっている。
思わずテンパった返事をしてしまった。
「お前を王城まで連行するよう、命令が出ている」
「えっ。俺、なにもしてませんけど」
「いいから来い」
俺は問答無用で引き立てられた。エリーゼとクマ吾郎は心配そうな顔でついてきてくれた。
以前ロープで乗り越えた城壁の中に今度はちゃんと門から入る。
衛兵は問答無用の態度だったが、俺たちに危害を加えるつもりはないようだ。
やがてたどり着いたのは、見覚えのある塔である。
「ここは……」
俺のつぶやきは無視されて、衛兵から騎士に引き渡された。
塔の中に入って螺旋階段を登る。
見覚えのある扉を開くと、彼がいた。
騎士団長にして白騎士の称号を持つヴァリスだ。
「久方ぶりだな、ユウ」
彼は穏やかな声で言う。
「は、はい。久しぶりです」
「急に呼び立ててすまなかった。きみに一つ、仕事を頼みたくてな」
ヴァリスが目配せすると、部屋にいた騎士たちが出て行った。
ついでにクマ吾郎とエリーゼも部屋から出される。人払いか。
「きみは森の民だな」
「…………」
俺は思わず黙り込んだ。
森の民は邪悪な民族として迫害されてきた歴史を持つ。
この東の大陸の西に位置する別の大陸で、故郷を各国連合に攻め滅ぼされた。二十年前の話である。
戦争の理由は、森の民が邪悪な魔法を操って他国の民に危害を加えたから。
本当かどうかなんて分からない。
ただ、パルティア王国の国民はみんなその話を信じている。
なぜなら、パルティア王国も連合に加わっていたからだ。
だから俺はバンダナを巻いて、森の民の特徴的な耳を隠してやり過ごしてきた。
「隠さなくていい。森の民に偏見を持つつもりはない」
ヴァリスが言う。
「だが、森の民が特殊な魔力を持つのも事実。だからきみにしかできない仕事がある」
「……内容は?」
警戒しながらも俺は答えた。
ヴァリスには大きな恩がある。
「これを触ってくれ」
彼は壁から剣を外して、俺の目の前に突きつけた。
美しい装飾の施された鞘と、大きな宝玉が嵌った柄が目を引く剣だった。
そういや盗賊ギルドのバルトが、国宝とかなんとか言ってたな。
俺は手を伸ばして鞘に触れる。
――と。
「うっ!?」
奇妙な魔力が体に流れ込んできて、俺はよろけた。
同時に脳裏で画像と映像が流れる。
「見えたか?」
「は、はい……」
見えたのは地図と地形だった。
場所は王都から北に半日ほど進んだ先。
森の中にある洞窟、その内部。
「森の洞窟が見えました。場所は王都の北」
「ああ、間違いない」
俺が答えると、ヴァルトは少し複雑な顔でうなずいた。
「その場所まで行って、洞窟の中を確認してきてくれ。それが仕事だ」
「確認とは? 何をすればいいんですか」
「文字通り見てくるだけでいい。きみの森の民としての目で見て、異常がなければそれでよし。もしも何か気付いた点があれば、教えてくれ」
「はあ」
なんともふわふわした話である。ヴァリスらしくもない。
「この件は他言無用だ。もしも話が漏れた際は、覚悟するように」
「は、はひ」
ヴァルトに凄まれた。すごい威圧感なんですけど。怖。
「きみが戻ってくるまで、奴隷と熊は預かろう。すぐにでも発つように」
人質というわけか?
そこまでしなくても裏切るつもりはないがな。
部屋を出る。
扉の両側に立っていた騎士に睨まれた。
エリーゼとクマ吾郎の姿は見えない。
ヴァリスのことだから、手荒な真似はしていないと思うが……。
不可解な思いを抱えながら、俺は北に向けて出発した。
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