第34話 一年
エリーゼを買って盗賊ギルドに戻る。俺は彼女に役割を伝えた。
「きみには税金や依頼の締切チェックと、戦闘の補助をお願いしたい。締切は俺も確認するし、戦闘はあくまで後衛でいい。命の危険があったら逃げてくれ」
エリーゼは暗い表情のまま首を振った。
「仕事については承知しました。でも逃げるのはできません。命をかけてあなたを守るのが、奴隷の仕事です」
「俺がそうしろと言っているんだ。命令だよ」
強く言えば、彼女はやっとうなずいた。
「……分かりました、ご主人様」
ご主人様!!
その言葉はなぜか俺の心を貫いた。
おかえりなさい、ご主人様。
萌え萌えキュン。
おいしくな~れの魔法をかけちゃう。
そんなセリフとともに、黒いワンピースに白いエプロンの女性の面影がよみがえる。
心臓がきゅんきゅんいってる。
え、何? 俺ってメイド萌えだったの?
正直、前世日本の記憶はもうあいまいだ。日本人としての俺がどんな人間だったのか、よく思い出せない。
あぁでも、この胸のトキメキは本物!
ミニスカメイドもいいが、クラシックなロングスカートも捨てがたい!
「なあ、エリーゼ。ミニスカートとロングスカートだとどっちが動きやすい?」
「え?」
気がついたら俺は口走っていた。
でも最低限の気遣いは残っていたようで、戦闘時の動きやすさを聞いていた。
「タイトなスカートでなければ、どちらも変わりません」
と、エリーゼ。
「じゃあ両方買おう! 洗い替えは必要だしな!」
「えぇ?」
彼女の手を取って走り出す。行き先は盗賊ギルド内の服屋だ。
盗賊ギルドは変装グッズが揃っている。そのため色んな職種の服が売っていた。
「ミニとロングの黒ワンピースください。あとエプロン。メイド服にいいやつ」
店主のおばさんに言えば、すぐにイメージぴったりのを取り出してくれた。
ワンピースとエプロンだけでなく、ヘッドドレスも忘れない。うんうん、セットで身につけてこそメイドだよな。
「よく似合ってるよ!」
試着コーナーでメイド服(ミニ)に着替えたエリーゼは、照れくさそうだ。
でも奴隷としてひどい扱いを受けてきたせいで、痩せ過ぎだし肌にも髪にもツヤがない。
これからしっかり栄養を取って、健康的なメイドさんになってもらおう。
実務のために奴隷を買ったが、心のうるおいまで手に入れてしまった。
エリーゼに感謝だな。
その後エリーゼをクマ吾郎に紹介したら、お互いすぐに打ち解けていた。
「わたしは昔、開拓村で狩人見習いをやっていました。だから森の動物の扱いは慣れているんです。この子はいい熊ですね」
「ガウ~」
あごの下をくすぐるように撫でられて、クマ吾郎も満足そうだ。
さあ、俺たち二人と一匹で新しいスタートを切ろう!
カルマをゼロに戻し、奴隷のエリーゼを仲間に加えたがやることは変わらない。
盗賊ギルドを拠点にダンジョン巡りを続けている。
エリーゼはしっかり者で、引き受けた依頼の日程や税金の締切日などをきっちり管理している。
おかげで前のようなうっかりミスはなくなった。
戦闘面ではちょっと頼りない。
弓の腕前は未熟で、サポート以上の働きは今のところできていない。
エリーゼはそれを気にしていて、
「もっと強くならないと……。ご主人様のお役に立てないなんて、奴隷失格です」
と落ち込んでいる。
「そんなことないって! 弓の腕もこれから磨いていけばいいんだよ。俺だって最初はひどいもんだったから」
「そうでしょうか……」
俺が励ましても彼女は浮かない顔のままだ。
エリーゼはクマ吾郎の首に抱きついて、首筋に顔を埋めている。
しばらくすると、気分を切り替えて顔を上げた。
俺の言葉よりクマ吾郎のモフモフのほうが励ましになるらしい。
俺としても彼女たちが仲良くしているのを見ると癒やされるので、これでいいと思っている。
そうして戦いに明け暮れながら、冬が過ぎていった。
いつしか季節は春になっていた。
俺が難破船から放り投げられたのが、やはり春。もう一年が経過してしまった。
海で死にかけていた俺を助けてくれた森の民の二人、ニアとルードはあれ以来会っていない。
少し強くなった今、ルードにお礼参りをしてやりたいところだが、居場所が分からないんじゃ仕方がない。
「ご主人様。税金の請求書が来ていますが、納税に行きますか?」
春のある日、盗賊ギルドで次の冒険の準備をしているとエリーゼが言った。
「冬に納税したばかりですので、締切に余裕はあります。まとめ払いも可能です。どうしましょう?」
「うーん」
俺はちょっと考えた。
盗賊ギルドのある町から王都までは片道五日。
すぐ近くというわけでもない。正直、わざわざ行くのはちょっとめんどくさい。
だがまとめ払いで締切ギリギリまで粘ると、前のように思わぬ事態で脱税犯罪者になってしまうかもしれない。
考えた結果、俺は答えた。
「配達の依頼がてら、納税に行こうか」
「分かりました。旅の準備をしますね」
以前は俺一人でやっていた準備作業も、今ではほとんど彼女がやってくれる。
俺もいい身分になったものだ。
というわけで、俺たちは王都へと旅立った。
旅の途中、野宿の際の食料は現地調達もする。
獣や鳥を狩ったり、川や湖があれば釣りもする。
この前、新しく料理スキルを習得した。
おかげで狩った肉や釣った魚もその場でおいしく調理できて、とても助かっている。
「料理スキル、もっと早くに取ればよかったよ」
焚き火で魚を焼きながら、俺はしみじみと言った。
料理スキルを覚える前は、ただ肉や魚を焼くだけでも失敗ばかりだった。黒焦げだったり生焼けだったりで食べられたものじゃないのだ。
料理をもっと練習していけば、さらにおいしい一品を作れるかもしれない。
「わたしも料理を覚えたいです」
焼いた山鳥をもぐもぐ食べて、エリーゼが言う。
この山鳥は彼女とクマ吾郎が共同作業で捕まえたものだ。
最近のエリーゼはしっかりと食事をとるおかげで、ガリガリだったのが少しふっくらとしてきた。いい感じだ。
「そういや、冒険者じゃない人はどうやってスキルを覚えるんだろうな。メダルで習えるかな?」
俺は首をかしげた。
スキルは基本、メダルを払ってギルドで習うが、関連する動作を繰り返していたら勝手に覚えるときもある。
俺も木登りや投擲は練習していたらいつの間にかスキルになっていた。
この世界は本当に訳が分からん。
「では、ダメ元で練習してみます」
エリーゼが言って、食べ残しの骨を炙っている。あちち! とか言ってる。
「やけどしないようにね」
「はい……」
その後は片付けをして、みんなで歌を歌って過ごした。
エリーゼは歌がうまい。
「ららら~♪」
「ガウガウ~♪」
「ボエェ~~~♪」
最後のは俺である。
エリーゼは遠慮がちに困った目で俺を見て、クマ吾郎は鼻にシワを寄せていた。
悪かったな、音痴で。
そんなわけで、王都への旅は楽しく進んでいった。
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