第31話 不法侵入
深夜、俺とバルトは王城の門のほど近くに隠れていた。
月は細くて、しかも雲がかかっている。絶好の侵入日和(?)だった。
「なあ、本当に忍び込むのか?」
俺のヒソヒソ声にバルトは笑ってみせる。
「怖気づいたのかい? 盗賊ギルドの一員ともあろう者が、情けない」
そりゃあ怖気づくだろ。
今から天下のパルティア王城に不法侵入するんだぞ。
たかが脱税でカルマががっくり下がる国だ。
王様の家である王城に侵入なんかした日には、その場で死刑になってもおかしくない。
けれどバルトは俺の言葉を意に介さず、さっさと進み始めた。
鈎爪つきのロープを取り出して投擲。王城の城壁に取り付いた。
素早い身のこなしでするすると登っていく。
俺も続いてロープを掴んだ。
バルトほどではないが、まあまあスムーズに登れたと思う。
「ユウはまだまだだね。軽業スキルをもっと鍛えないと」
「分かってるよ」
「ギルドに戻ったら特訓部屋を貸してあげよう。四方から矢が飛び出してくる、からくり部屋だ。矢を避け続ける修行ができるよ」
「お断りします」
なにそのバトル少年漫画の修行シーンみたいなやつ。
命の危険があるじゃん。俺はそこまでしたくないよ。
そんな無駄口を叩きながら、俺とバルトは城壁から飛び降りた。
植え込みや物陰に隠れながら進む。
「騎士団長がいる場所、分かってるのか?」
「目星はついているよ」
なんとも頼もしいことだ。
巡回中の衛兵の目をかいくぐりながら、俺たちは進んだ。
王城の中心地に近づくほど、衛兵の数が増えてくる。
と。
木の陰に隠れた俺は、うっかり枝を踏んでしまった。パキリ、と意外に大きな音がする。
「何者だ!」
近くにいた衛兵の一人が槍を構えた。
ど、どうしよう! 俺は焦りまくりながら、とっさに、
「に、にゃぁ~」
猫の鳴き真似をしてみた。
「なんだ、猫か」
衛兵が槍を下ろす。
いや待て、今のでごまかされるか普通? バカすぎる!
「猫じゃないだろ!」
もう一人いた衛兵がツッコミを入れた。
侵入者としては困るんだが、俺の常識的な部分は安心してしまった。
というか、それどころではない。
衛兵二人が槍を持ってこちらに近づいてくる。
バルトを見ると、彼はうなずいた。
「走ろう。こっちだ」
バルトは物陰の間を素早く移動していく。
俺は必死で後を追った。
俺たちの存在はもう衛兵にバレていて、だんだんと追っ手の数が増えてくる。
そうして行き着いた、塔のような建物の入り口。
扉の前に数人の衛兵と騎士が立っている。
こっちは駄目だ、そう思って引き返そうにも後ろから衛兵たちが迫りつつある。
バルトが一瞬かがんだと思ったら、足元の小石を建物の方に投げた。
狙ったのは……騎士団長ヴァリス!
騎士の中に彼がいたのだ。
小石はヴァリスの死角から投擲されたのに、彼は何気ない動作で腕を動かして防いだ。
「団長、どうかしましたか」
「いや……」
ヴァリスがこちらを見る。物陰から見ていた俺と目が合った、気がした。
「団長! 侵入者がこちらに向かったとの情報が!」
衛兵たちが走ってくる。
ヴァリスはすぐに指示を飛ばした。
「怪しい者はこの辺りでは見ていない。向こうを探せ」
「はっ!」
衛兵と騎士たちが散っていく。
すぐ後ろまでやって来ていた衛兵たちも、指示に従って方向転換をした。
かばってくれた……?
「出てこい、ユウ」
ヴァリスに名前を呼ばれて、俺はコソコソと顔を出した。
「もう一人の者もだ」
「バレてましたか」
バルトは悪びれた様子がない。
ヴァリスは改めて俺の方を見て、呆れた顔になった。
「またずいぶんとカルマを下げたものだな……」
「ええまぁ、不運が続いちゃって」
俺がうなだれると、彼はやや同情的な態度になった。
けれどバルトに向ける目線は厳しい。
少し向こうの方で衛兵たちが不審者探しに声を上げている。
「……ここでは落ち着いて話ができぬ。ついてこい」
ヴァリスは目の前の建物の扉を開けると、俺達を招き入れてくれた。
塔のような建物の中には螺旋階段があった。
階段をしばらく登ると、また扉がある。その中の部屋にヴァリスは入っていった。俺達も続く。
「ここは俺の執務室だ」
ヴァリスが言って執務机に軽く手を置いた。
無骨な石造りの部屋は実務一辺倒という感じ。その中で唯一、立派な鞘の剣が壁に掛けられていた。
「あれが国宝と名高いヨミの
バルトが口を挟むが、ヴァリスは黙殺した。
「ユウ。確かに私は『困ったことがあれば頼ってくれ』と言った。しかし夜中に侵入してまで来るのは、いささかやりすぎではないか」
「はい。すみません……」
全くもってその通りなので、俺は恐縮するしかできない。
そんな俺の様子を見て、ヴァリスは口調を少し和らげた。
「何か事情があるのなら、聞こう」
優しい! 問答無用で攻撃してくる衛兵とは大違いじゃないか。
俺はちょっと感動しながら、これまでの経緯を話した。
ヴァリスはうなずきながら聞いてくれた。
「なるほど……。依頼の失敗も税金の滞納もきみの不手際ではあるが、同情の余地はある」
優しい! イケメンに惚れてしまいそうだ。いやいや。
「それで、俺は真っ当な生活に戻りたいんです。バルトが言うには、ヴァリスさんなら免罪符の発行権を持っているからと」
「話は分かった」
ヴァルトはため息をついた。
「私も王国法の運用について、多少は思うところがある。きみの罪状は主に税金の滞納で、殺人などではない。更生の意志も今後の支払いの意志もある、と」
「はい」
「良かろう。免罪符を発行しよう」
「……! ありがとうございます!」
感動のあまりちょっと涙が出てしまった。
思えばこの理不尽な世界で目を覚まして以来、真っ当に話を聞いてもらえたのは初めてかもしれん。
そりゃあ町の人や盗賊ギルドの先輩と仲良くはなったけどさ。困っているときに助けてもらうのはまた別物だ。
ヴァリスはそんな俺を見て苦笑しながら、紙とペンを取り出した。さらさらと書いている。
「きみの署名をすれば、免罪符が効力を発揮する」
「はい」
名前を書くと、体が急にホワッと暖かくなった。
カルマが下がったときは悪寒がした。ということは……?
ステータスを確認してみると、マイナス45だったカルマがゼロぴったりになっている!
「あああありがとうございますぅぅぅ~~~」
免罪符を抱きしめて泣き崩れる俺に、ヴァリスはちょっと引いた顔をしていた。
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