第30話 犯罪者だ!再び
税務署を逃げ出してステータスを開いてみたら、カルマは一気にマイナス45まで下がっていた。
マイナス45って!
脱税前はちょうどゼロだったので、一度の脱税で45も下がったことになる。
依頼失敗とか護衛対象を死なせたとかの比じゃないぞ。
脱税がここまで重罪とか、やっぱりバランスがおかしいだろ。
また地道に依頼こなしと善行を重ねるのを思うと、ちょっとめまいがした。
しかも前のときよりカルマが低い。どうしろってんだよ。
「見つけたぞ、犯罪者め!」
衛兵が二人、こちらに向かって走ってくる。
土地勘と体力は彼らのほうが上だ。はやく逃げなければ。
「うわっ!」
衛兵の片方が矢を射掛けてきた。
あいつら容赦ない!
とっさに左にステップを踏んでかわす。
軽業スキルとダンジョンで培った戦闘能力が役に立った。
矢は石畳の継ぎ目に突き刺さった。その威力にぞっとする。
路地に追い立てられ、狭い道を必死で走る。
やがて見えてきたのは行き止まり。
袋小路に追い込まれた。
衛兵たちの気配が近づいてくる。
と。
袋小路の手前、ゴミのかげにあったドアが急に開いて、俺は引っ張り込まれた。
「しーっ。大人しくしてね」
「バルト!」
俺を引き込んだのはバルトだった。
薄暗い室内で俺の口を押さえてくる。
「犯罪者はいたか?」
「いや、見失った」
「近くにいるのは間違いない。よく探せ!」
壁一枚向こうで衛兵たちの声がする。
やがて声はだんだん遠ざかっていって聞こえなくなった。
「ユウ、災難だったねえ」
バルトはニヤニヤ笑っている。
言葉とは裏腹にこうなるのが分かっていたかのような表情だ。
俺は心の底からため息をついた。
「また地道なカルマ上げをすると思うと、気が遠くなるよ」
「前と同じやり方じゃあ駄目だけどね」
「え?」
バルトを見れば、彼は肩をすくめた。
「だって税金の請求は二ヶ月ごとに来るんだよ? ユウは去年の夏が最後の納税なんだろ。次の税金を滞納すれば、脱税扱いになってカルマがまた下がる」
そうか、税金は二ヶ月毎に請求書が来るんだった。
締切まで間があるので、半年分ならまとめ払いができる。
ところが俺は半年前に納税したっきり。
次の締切は二ヶ月後になる。
たった二ヶ月でマイナス45のカルマを戻せるか……?
いや無理だろ。以前はマイナス35から始まって、ゼロに戻すまで四ヶ月はかかった。
だが犯罪者状態を解除できなければ、王都に入ったとたんに衛兵に襲われる。
そうしたら税務署に行って納税なんて不可能だ。
「詰んでる――!」
俺が頭を抱えると、バルトは今度こそゲラゲラと笑った。くそ、他人事だと思いやがって。
「ユウ。もう諦めて裏社会に入ろうよ。そうしたら税金とかカルマとか関係ないから」
「嫌だ」
俺はちょっと涙目になりながら、それでもきっぱりと断った。
そりゃあ俺は善人ってほどではないが、モラルを捨てた悪人にはなりたくないんだ。
そう思うのは、たぶん前世の日本の記憶のおかげだろうな。
日本は正しいことをして生きていける国だった。
この世界のように理不尽で命が奪われるケースは、決して多くはなかった。
俺が生きるために良心を捨ててしまったら、この世界の理不尽を許すことになる。
……それはどうしても嫌だった。
俺の一番の願いは生き延びること。
けれどただ生きているだけじゃあ駄目なんだ。
生きていて良かったと思える生き方をしたい。
最近はそんなことを考えている。
「そっかぁ。きみならいい強盗や暗殺者になれると思うのに。……ま、裏社会が嫌なら何か手を考えないといけないね」
「といっても、どうすればいいか」
「この国には『免罪符』という制度があるのは、知ってるかい?」
「いいや」
「マイナス分のカルマを帳消しにしてくれる、ありがたい御札だよ。お国の偉い人が発行してくれる」
「そんなのがあるのか!」
「うん。ちなみに盗賊ギルドでも何枚か持ってるね。裏で流通しているのを引き取ったんだ」
「なら、それを譲ってくれ」
俺の言葉に彼は意地悪く笑った。
「いいけど、すごく高いよ。金貨百枚」
「ひゃくまい!?」
「貴重な品だもの、当たり前だろ」
俺の今の全財産は、金貨にしてやっと十枚。
ここまで貯めるのに苦労した。それなのに、とてもじゃないが足りない。
「値下げ交渉は……」
「却下。免罪符は盗賊ギルドの力をもってしても、そう簡単に手に入らないんだ。下っ端ギルド員のために値下げはできないね」
「そんなぁ」
足から力が抜けて、俺は床にへたり込んだ。
床に座り込んだ俺を、バルトは気の毒そうに眺めた。
「盗賊ギルドの免罪符は譲ってあげられないけど、他に入手のアテはないのかい? 偉い人に知り合いは?」
「そんな人は……あっ」
言いかけて俺は思い出した。
鉱山町の寄生虫事件で知り合った、騎士団長のヴァリスだ。
困ったことがあれば頼ってくれと言っていたっけ。
彼であれば、免罪符を発行できるかも?
「一応、知り合いらしき人ならいる」
ヴァリスの話をすると、バルトはうなずいた。
「王国騎士団の団長であれば、間違いなく免罪符の発行権を持っているよ。頼みに行こうじゃないか」
「でも、どうやって」
町なかに出れば衛兵が追ってくる。
それにヴァリスは王城にいるだろう。
王城なんて衛兵の根城だと思うんだが。捕縛されて牢屋行きだ。
困り顔の俺に向かって、バルトはチャーミングなウインクをしてみせた。
「そりゃあ忍び込んで会いに行くのさ。盗賊ギルドらしく、ね」
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