第29話 また警告

 ダンジョンに通う日々を続けていたら、いつの間にか新年になっていた。

 盗賊ギルド内部もちょっとだけ飾り付けされていて、おめでたい雰囲気である。


 大晦日と新年一日には、盗賊ギルドでふるまいの食事と酒が出された。

 食事はなんと、蕎麦。年越しそば!

 めんつゆはしっかり出汁の味がした。

 酒はワインだったが、案外蕎麦とワインって合うんだな。


「ほら、ユウ。蕎麦食えソバ!」


「こっちのスープもおいしいわよ」


「ワインも飲め! 酒が飲めないだと? じゃあ水で薄めて飲め!」


 ギルドの先輩方とも打ち解けた。

 十五歳の俺はギルド最年少だから、食べ物をやたらに進められるのは参ったけどな。


 この世界の文化はおおむね西洋風だと思うんだけど、たまに謎の日本風(東洋風?)がまじっている。

 なんかもう、考えるだけ無駄という感じ。

 あるがままを受け入れろ。考えるな、感じろ!


 それはともかく。

 盗賊ギルドの生活は快適で、ダンジョン攻略の稼ぎもいい。

 戦闘を続けていれば強くなれる。いい装備もダンジョンで拾える。


 俺はすっかりこの生活が気に入っていた。







 新年になってしばらく後のこと。

 冒険者証から声がした。


『警告。税金を二回分滞納しています。次の滞納でペナルティ。次回の納税期限は三日後です』


 三日後――!

 おい警告、警告してくれるのはいいがもっと前もってしてくれよ。


 いいや、忘れていた俺も悪いんだった。

 夏に最初の税金を払ってそろそろ半年。

 半年分の税金をきっちりと納めなければ脱税扱いになると、始めに教わっていたのに。


 盗賊ギルドのあるディソラムの町から納税所の王都パルティアまでは、普通は五日かかる距離だ。

 今すぐ出発して昼夜問わず進めば何とか間に合うかどうか。


 不幸中の幸い、この警告が出たときは盗賊ギルドに戻っていた。

 出先のダンジョンだったら間に合わないところだった。


「バルト、俺、王都まで行ってくる。すぐ戻るから」


 近くにいたバルトに伝えるが、彼は微笑んだ。


「じゃあ僕もついていってあげよう」


「え? 別にいいよ。税金納めるだけだし。犯罪者状態はもう解除されてるから、衛兵に襲われることもないし」


 そう、カルマがゼロまで戻ったのだ。俺はとうとう犯罪者ではなくなった。

 バルトは笑顔のまま首を振る。


「僕も王都に用事があるんだ。二人で行ったほうが道中も安心だろう。さあ、行くよ」


「そういうことなら」


 そうして俺とバルト、クマ吾郎はディソラムの町を出発した。

 バルトはさすが盗賊ギルドの一級ギルド員。

 短剣の二刀流を見事に使いこなして、弱い魔物程度なら瞬殺してくれる。


「短剣もいいなあ。長剣に比べると威力が低いと思っていたが、そんなこともないのか」


 俺が言うと、バルトは器用に短剣をくるくると回してみせた。


「一撃の威力は長剣に劣るけど、短剣は連撃ができるからね。どっちを取るかは本人次第さ」


 そんな話をしながら俺たちは強行軍で進んでいった。

 王都パルティアに到着したのは、納税締切日の午後のことだった。








 俺は税金の請求書を握りしめて税務署へと走る。

 バルトは用事を済ませてくるからとどこかに行ってしまった。

 クマ吾郎は城門のところで待機だ。


 税務署はすごい人混みだった。

 周囲の人たちの声が聞こえてくる。


「いつもにもましてすごい混みっぷりね」


「今日が締切の税金が多いからね。駆け込みで納税する人がたくさん来ているんだろう」


「余裕をもって納税すればいいのに。いい迷惑だ」


 ……まったくです。すみません。

 俺は心の中で恐縮しながら納税受付の列に並んだ。

 列はとても長く、しかもなかなか進まない。

 どういうことだと背伸びして前を見てみると、書類の不備だの手持ちのお金が不足しているだの、しょうもないトラブルが多発している。


 時間は刻一刻とすぎていく。

 俺はだんだん焦り始めた。

 もしも今日の受付に間に合わなければ、脱税になってしまう。

 そうなればまたカルマが下がる……? 勘弁してくれ!


 列はゆっくりと進んで、ようやく俺の番までやってきた。

 ところが。


「今日の受付はここまでです。また明日どうぞ」


「ちょっと、困ります! 今日中に納税しないと大変なことになるんです!」


 俺は食い下がったが、受付のお姉さんは冷たく言った。


「何を言われても、今日の業務は終了しました。また明日来てください」


 周囲から上がるブーイングを気にもとめず、お姉さんは窓口のシャッターを下ろしてしまった。


『半年分の税金を滞納しました。ペナルティ。冒険者ユウは脱税者です』


 冒険者証が声を発した。

 おいおい、そんなデカい声で名前を言わなくても!

 内心のツッコミをよそに、俺の体に悪寒が走る。

 あぁ~、これは間違いない。カルマが下がった。


 脱税者になったヤツは俺だけではなかった。

 何人かの人が急に悪人ヅラになる。いかにも犯罪者って顔だ。

 カルマが下がるとあんなふうになるんだな。

 ていうか俺も悪人ヅラだよ。へこむわ。


「キャー犯罪者よ!」


「衛兵を呼べ!」


 周囲の人々が騒ぎ出した。

 なんか犯罪者の線引きがガバガバすぎない?


 人々の声を聞きつけて衛兵が駆け込んでくる。

 悪人ヅラの皆さんは容赦なく攻撃されて逃げ惑った。


 俺もだいぶ腕を上げたつもりだったが、まだ衛兵には勝てない。

 というかうっかり勝って殺してしまったら、それはそれで大惨事である。


 俺は必死でその場を逃げ出した。

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