第27話 盗賊ギルド

 翌日の夜。

 俺はバルトに指定された時間に酒場に来ていた。

 店に入るので、クマ吾郎は宿屋で待機している。


 酒場はすでに閉店していたが、入り口のドアは開いていた。

 中に入ってみるとバルトが待っている。


「やあ、来たねユウ。返事はどうかな」


「……盗賊ギルドに入る」


 俺の答えに彼はにっこりと笑った。


 昨日今日とよく考えての結果だった。

 裏社会に関わりを持ちたくなんかないが、鍵開けや罠感知のスキルは他では覚えられない。

 いくつもの町を回ってきたが、それらのスキルは一度も見たことがないのだ。


 騙されているのかも、とは思った。

 けど逆に俺を騙すメリットなどあるだろうか。

 俺はやっと一人前になった程度の冒険者で、お金だって大して持っていない。

 森の民の出自を隠して活動する、ただのありふれた人間である。

 こんな奴を騙しても別にいいことないだろ。


 騙した挙げ句奴隷として売り払うとか、そんなことも考えた。

 でもそれなら、その辺の浮浪児でも捕まえたほうが早いじゃないか。

 俺の見た目はややイケメン寄りのフツメンだ。(自分でイケメン寄りとか言ってスマン)

 やっぱりどう考えても騙すほどのメリットがない。


「ユウが仲間になってくれて嬉しいよ。それじゃあ盗賊ギルドへ行こうか」


 バルトはそう言って酒場の奥に進んでいく。

 店から出るんじゃないのか?

 不思議に思ったが、俺はついていった。







 バルトは酒場の裏口の近くで足を止めた。


「ここが入り口さ」


 指さした先には下り階段がある。

 ちょっと覗いてみたが、酒場の食料貯蔵庫に見えた。

 バルトは構わず階段を下りた。


 地下室はやっぱり食料貯蔵庫。

 部屋の四面に棚が作られていて、酒瓶やら干し肉やら果物やらが所狭しと置かれていた。


 バルトは棚に置いてあった酒瓶を取り上げた。

 さらにその場所に手を突っ込んで、何か操作をしたらしい。

 するとゴゴゴ……と鈍い音がして、床に四角い穴が開いた。


「おぉ?」


 俺が驚くと、バルトは苦笑する。


「仮にも盗賊ギルドだからね。表通りに建物を構えて、誰でも入れてあげるわけにはいかないのさ。――さあ、入って」


 バルトに続いて穴に入る。

 穴にははしごがかけられていたので、降りていった。







 降り立った先は、地下とは思えない立派な建物だった。

 石造りの壁のあちこちに魔法のランタンが掲げられていて、明るさも十分だ。

 床にはところどころ、じゅうたんが敷かれている。ゴージャスな雰囲気だ。


 バルトの後についていくと、小部屋に通された。


「さて、ユウ。盗賊ギルドにようこそ。改めて自己紹介をするよ。俺は第一級ギルド員のバルト。主に新ギルド員のスカウトを担当している」


 俺がうなずいたのを見て、彼は続けた。


「悪いが、新入りはギルド長に会わせることはできない。ギルド長は裏社会の重要人物でもあるからね。まだ信頼の薄い新人じゃあ、お目通りはできないんだ」


「別に構わない。前も言ったが、俺は裏社会に関わりたくないんだ。冒険者としての盗賊のスキルを身に着けて、腕を磨きたいだけ」


「了解。じゃあ、そっち路線でギルドの説明をしよう。鍵開けや罠解除関係のスキルは、ここのギルドで習得できる。冒険者ギルドと同じようにメダルが必要だから、そこは注意してくれ」


「分かった」


 あのメダルは何なんだろうな。

 依頼料のついでで一般人がくれるんだが、案外重要アイテムなのか。


「それから、盗賊ギルドはノルマがある」


 バルトの言葉に俺は眉を寄せた。


「ノルマ?」


「あはは、そんなに警戒しないでくれ。そんなに難しいものではないよ。ギルド員のランクに応じて宝石を納入してほしいんだ」


 この世界の宝石はピンキリで、クズ石に近いものから貴族が買い求めるようなものまでいろいろある。

 そして宝石は魔法の触媒にもなる。

 つまり宝飾品だけでなく需要が高い実用品でもあるのだ。


「ユウはダンジョンに行くだろう。最初はそこで手に入る程度のクズ石をいくつかで十分だよ」


 ダンジョンのボスを倒すと宝箱を落とすが、この箱の中には高確率で宝石が入っている。

 今までは売って金策していたけど……。


「ノルマを破るとどうなるんだ?」


「ギルドを追放処分になるよ」


 バルトは肩をすくめた。


「等級が高いギルド員が追放されれば、暗殺者が放たれることもあるが。新入りであれば、まあ、身ぐるみ剥がそうとする強盗に何度か襲われる程度じゃないかな」


 怖!

 俺は思わず一歩後ずさって、頑張って腹に力を入れ直した。さらに質問する。


「だが俺は、この町にずっといるつもりはない。いずれ町を出たら、ノルマの宝石が納められない場合もあるだろう。それでも追放処分になるのか?」


「前もって脱退手続きをしてくれれば、特に追手は出ないよ。ま、脱退時にいくらかの『手数料』はもらうけどね」


 ニヤリと笑うバルトに、俺は内心でげんなりした。あれはけっこうな金額を請求されそうだ。

 バルトが続ける。


「スキル以外にも盗賊ギルドの店や施設は自由に使って構わない。いずれ脱退するとしても、悪くない話だよ」


「そうだな。ギルドに入ると決めたんだ。ルールには従うよ」


「結構、結構。じゃあ今日からよろしく頼むよ、新入り君」


 こうして俺は盗賊ギルドの一員となったのだった。







 ――少し後、盗賊ギルドの長の部屋にて。

 部屋には二人の人影がある。バルトともう一人、闇に溶け込むような雰囲気の男である。


「例の冒険者の勧誘は、上手くいったようだな」


 闇の男が言った。フードを深くかぶっているため、顔立ちは分からない。


「はい、ギルド長」


 バルトが深く礼をする。


「見た目には平凡な少年だが。あれでパルティア王国の白騎士ヴァリスと縁があるのだから、人は分からぬものだ」


「そうですね。かの高潔な白騎士殿に接触する機会は、なかなかありませんでした。ユウを利用すればよろしいかと」


「ああ。それに――」


 盗賊ギルド長は少し言葉を切った後、続ける。


「あのユウという少年。拾い物だったかもしれん。今は凡庸な腕だが、生きようとする意志が強いのがいい。森の民として迫害されてきただろうに、ひねくれたところもない」


「珍しい。あなたが人を褒めるなんて」


 バルトの言葉をギルド長は鼻で笑った。


「俺は見どころがあれば褒める。お前たちが不甲斐ないだけだ」


「これはこれは、失礼を」


「もういい、下がれ」


「はい」


 バルトが辞した部屋の中、ギルド長はユウのことはすぐに忘れて次の仕事に取り掛かった。

 彼は多忙であり、一人の新入りに心を砕くつもりはない。

 そうして盗賊ギルドの活動は続いていく。


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