第26話 ならず者の町

 ならず者の町ディソラムで暮らし始めて、一ヶ月ほどが経過した。

 季節はいつのまにかすっかり秋である。


 昔、港町で極貧生活を送っていたときのように、小さい依頼を中心にこなしている。

 ちょっとしたおつかいやら、店の手伝いのバイトやらだ。

 あのときはお金のためだったが、今はカルマのため。

 いつまで経っても世知辛い世の中だな。


 他にも道端で転んだ老人を助けたり、迷子の道案内をしたりと善行も頑張っている。

 ただしこの町はならず者が多い。

 転んだ老人と思ったら盗人だったり、子供であってもかっぱらいをしたりと油断できない。


 それでも地道な活動のかいがあって、カルマはマイナス14まで持ち直した。

 体に走る負のオーラがだいぶ軽減されてきたので、もう少しで犯罪者ではなくなると信じたい。


「お疲れさん。今日はもういいよ」


「どうも」


 今日もアイテム屋の倉庫整理の依頼を終えて、俺は依頼料を受け取った。

 店主が言う。


「ユウは真面目に働くから、いつも助かっている。だが、この町で真面目は必ずしも美徳じゃないぞ。いつもお互いがお互いをだまそうとしている町だからな」


「用心はしていますよ。この前も宿屋に強盗が入って身ぐるみ剥がれそうになったけど、撃退したし」


 撃退したのは主にクマ吾郎なんだが、まぁ嘘は言っていない。

 俺の答えに店主はニヤリと笑った。


「へえ、それなりに腕も立つんだな。じゃあ盗賊ギルドからスカウトが来るかもよ」


「盗賊ギルドか……」


 盗賊ギルドはこの町を取り仕切っている組織だ。いわゆる裏社会のギルドで、他の町にもネットワークがあるらしい。

 この町では誰もが盗賊ギルドの存在を知っている。

 でも実際に誰がメンバーで、どんな組織なのかは謎に包まれているのだ。


「ま、本当にスカウトが来たら考えます」


 適当に言って、アイテム屋を後にした。







 食事のために酒場に行って、料理が来るのを待っていたときのことだ。

 目の前の席にいきなり誰かが座った。


「相席、募集してないけど?」


 目を上げれば、相手は若い男性だった。

 彼はニッと笑って言った。


「まあまあ、そう言わず。冒険者のユウ君だよね?」


「はあ。そうだけど」


 気のない返事をしながら、俺は内心で警戒度を引き上げた。なぜこいつは俺の名前を知っているのだろう。

 注文した料理が運ばれてくる。

 それに遠慮なく手を付けながら、彼は言った。


「僕はバルト。盗賊ギルドの者だ」


「……!」


 俺が思わずバルトの顔を見ると、彼は満足そうに笑った。


「最近、ユウ君の噂を聞いてね。真面目な仕事ぶりと用心深さ、さらには腕が立つと。ぜひ我が盗賊ギルドに欲しい人材だと思って、声をかけたわけさ」


「盗賊ギルドの人に『真面目』と言われても嬉しくないね」


「ははっ。度胸もあるようだ。いいね、ますます気に入った。一度僕らの拠点に来てみないかい?」


 俺は首を横に振った。


「せっかくだけど、俺は裏社会に入るつもりはないんだ。依頼の仕事を失敗して犯罪者になってしまったが、カルマを上げて普通の暮らしに戻りたいんだよ。この町に来たのは、地道にカルマを上げるためさ」


「あぁ、なるほど。この町は自由だ、誰でも受け入れるものね。だがきみは勘違いをしている」


 バルトは笑顔のままでいる。


「盗賊ギルドは犯罪者集団ではないよ。もちろん裏社会の仕事も請け負うが、それだけじゃないんだ。……きみはダンジョンに行ったことがあるかい?」


「それなりに」


 まだまだ難易度の低いダンジョンばかりだが、数はけっこうこなしたぞ。


「じゃあ分かるよね。鍵のかかった扉や宝箱があるだろう。ああいったものの鍵を開ける技術や、罠を感知して解体する技術なんかも盗賊ギルドの得意とするところだよ。冒険者としての盗賊職と言えばいいのかな」


「なるほど……」


 今までのダンジョン探索で、鍵のかかった宝箱に出くわしたことは何度かあった。

 鍵開けは全く無理だったので、小さいものなら持ち帰って売り払った。持ち運べないほど大きくて重いのは諦めるしかなかったな。

 あれは悔しかった。今でも中身が気になってたりする。


「きみがカルマを上げたいならそれでいいさ。真っ当な冒険者も歓迎だからね。で、どうする?」


「ちょっと考えさせてほしい」


 俺は迷った。鍵開けや罠対策の新しいスキルを学べるのは、とても魅力的だ。

 だが俺としてはやはりカルマを上げて犯罪者ではなくなるのが第一。

 後ろ暗い面もある盗賊ギルドと関わって、またうっかりカルマが下がらないか心配なのである。


「オッケー。よく考えてくれ」


 バルトはうなずいた。


「明日の深夜、この酒場にもう一度来る。そのときに返事をくれるかい?」


「分かった」


 俺がうなずくと、酒と料理が運ばれてきた。注文した覚えのないやつだ。


「それは僕のおごり。お近づきのしるしにね。貸し借りってほどのものじゃないから、気にせず食べてくれ」


 バルトは言って立ち上がった。

 そのままするすると人混みの向こうに消えていく。

 盗賊ギルドの一員を名乗るだけあって、さりげないが見事な身のこなしだった。


「どうしたもんかなぁ……」


 思わぬ話が来てしまって、俺は悩みながら料理を食べた。

 おいしかった。

 宿屋まで持ち帰ってクマ吾郎にも食べさせてあげようと思った。

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