第25話 犯罪者だ!

 目的地の農村に足を踏み入れると、いつもと雰囲気が違うのに気づいた。

 普段は村人たちはみんなフレンドリーで、挨拶をしてくれる。

 この農村は何度も来ているから、村人や各店の店主、衛兵とも顔見知りだ。

 それなのに。


「こんにちは。ひさしぶりです」


「……ッ」


 俺が挨拶をすると、村人のおばさんは顔をゆがめてその場を立ち去ってしまった。


「なんで?」


「ハフゥ?」


 俺とクマ吾郎は顔を見合わせて首をかしげる。

 考えても分からない。とりあえず配達依頼を済ませて、それからチャラい兄ちゃんの死亡報告をしようと思った。


「配達に来ました」


 配達先の村人の家を訪ねると、目の前でドアを閉められてしまった。


「あの、配達品があるんですけど!」


 俺は焦る。このまま受け取ってもらえなかったら、また依頼が失敗してしまう。

 けれど返ってきたのはとんでもない言葉だった。


「黙れ、この犯罪者め! 罪人が持ってきたアイテムなんか受け取れるか!」


「ええー!?」


 どうやらカルマが下がりすぎたせいで、俺は犯罪者になってしまったらしい。


「護衛対象を死なせてしまった件ですか? あれは事故で!」


「知るか! とにかくお前は犯罪者だ!」


 聞く耳を持ってくれない。


「お尋ね者がいると通報を受けた!」


 向こうから衛兵が走ってくるのが見える。

 槍を構えて殺る気まんまんだ!


 衛兵は強い。今の俺ではとても勝てない。

 というか、そもそも戦ったら駄目な人たちだろ。


「くそ、とりあえず逃げるぞ」


 俺とクマ吾郎はその場を逃げ出した。







 どうにか衛兵を振り切って、森の中まで逃げてきた。


「どうすんだよ、これ……」


 実質上、町に入れなくなってしまった。

 たぶんあの農村だけでなく、他の町にも犯罪者として俺の顔と名前が出回っているのだろう。

 どういう仕組みか分からんが、ずいぶん素早い情報伝達である。


 状況を整理してみよう。

 依頼に失敗してカルマが下がり、犯罪者になった。

 犯罪者でなくなるには、カルマを上げればいい。

 カルマを上げるには、依頼を成功させる必要がある。

 依頼を成功させるには、まず依頼を受けねばならない。

 依頼を受けるには、町の冒険者ギルドに行かないといけない。

 でも俺は町に入れない。


「詰んでる――!」


 俺は頭を抱えた。


 最近の俺は多少は強くなったので、野外でサバイバルしながら生きていくのはできると思う。

 森の木の実を取ったり魔物や野生動物の肉を狩ったりで、食べ物は何とかなる。


 けれど一生お尋ね者で町に入れない生活なんて嫌だった。

 町に入れなければベッドで寝られない。風呂も入れない。人と会話することもない。

 俺は人間なんだぞ。そんなの嫌に決まってるだろ。


 もう一度よく考えてみよう。どこかに突破口はないか。


「そういえば、襲いかかってきたのは衛兵だけだったな。村人は嫌な顔をするだけで」


 衛兵の目さえかいくぐれば、町で活動ができるか?

 軽く変装すれば村人もごまかせるかもしれないし。


「そうだ、衛兵がいない町があったっけ」


 ここから南下した先にある治安の悪い町である。

 そこはならず者が我が物顔でうろうろしていて、衛兵が一人もいない。

 一度配達で訪れたとき、あまりのガラの悪さにさっさと退散したのだった。


「あの町に行ってみよう。行ってみるしかない」







 南に向かって歩くこと約四日。

 俺とクマ吾郎は、ならず者の町ディソラムに到着した。


 道中で農村への配達依頼の期限が切れたおかげで、俺のカルマはさらに下がった。

 今ではマイナス35である。


 なお護衛対象の兄ちゃんが死んだとき、カルマはマイナス25になった。

 その後彼の死体を埋葬したらカルマはマイナス20に上昇した。

 どうやら依頼成功だけでなく、一般的に善行とされる行為を行ってもカルマは上がるようだ。


 で、マイナス20だったカルマが配達依頼失敗でさらに下がり、マイナス35になったというわけである。

 もはやどうしようもない。

 カルマが大幅に下がったせいか、俺の体は全体的に負のオーラ(?)に包まれている。

 身もふたもなく言えば悪人ヅラってやつだ。へこむわ。


 それはともかく、ならず者の町だ。

 町なかは相変わらず雰囲気が悪い。

 やけに目付きの鋭い悪人顔の奴らや浮浪児などがたむろしている。


 少し歩き回っただけ何度もスリやひったくりにあいかけた。危ない。

 俺はクマ吾郎のすぐそばを歩いて、油断なく進んでいった。


「あら、お兄さんいい男じゃない。うちの店でお酒飲んでいかなぁい?」


「やめとく」


 暗い路地から客引きに声をかけられたが、断った。

 美人局かぼったくりにあいそうだからな。

 この町に来たばかりで土地勘も何もない。トラブルはごめんだ。


 この町に冒険者ギルドはなかった。

 その代わり、依頼を斡旋してくれる似たような組織はある。


 住民のガラは悪くても、日常の困りごとは似たようなものが多いらしい。

 受付中の依頼を見ると、他の町とあまり変わらない内容が多かった。

 これなら地道に依頼をこなして、カルマを上げて行くのも可能だろう。


 他にも、善行はなるべく積極的にやっていこう。

 カルマの上昇の具体的な内容は分からんが、やって損はない。


 俺は気分を新たにして、ならず者の町ディソラムでの生活を始めた。

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