第24話 護衛依頼

 久々に港町カーティスへ行った俺は、ちょっとした里帰り気分を味わっていた。

 前によく散歩に付き合ったザリオじいさんに挨拶して、旅の話を聞かせたり。

 極貧時代に皿洗いのバイトで通った酒場に、今度は客として行ってみたり。

 故郷に錦を飾るってほどじゃあないが、少しは余裕が出た姿を皆に見せられて誇らしい。


 冒険者ギルドに行くと、受付のおっさんが声をかけてくれた。


「よう、ユウ。お前もいっぱしになったじゃねえか。レベルも10を超えたし、そろそろ新しい依頼も解禁だな」


「新しい依頼なんてあったのか?」


 俺が聞けば、おっさんはうなずいた。


「おうよ。駆け出しのひよっこには任せられない仕事な。例えば護衛依頼なんかがそうだ」


 見せてくれた依頼票には「南東の農村まで親戚を護衛してほしい」との内容が書いてあった。


「これは別に狙われるような人間じゃないが、冒険者でもない奴が一人で旅をするのはキツイからな」


「なるほど、道中は弱い魔物や野生動物が出るもんな」


「そうそう。で、他にもちょいとヤバい話もある。デカい金額を移送する銀行員みたいに狙われやすい話や、裏社会に敵のいる奴が襲撃から守ってほしいと頼んでくる話もある」


 裏社会は本当にヤバいな。あまり関わりたくない。

 ただ、護衛依頼は配達依頼よりも一回り以上依頼料が高かった。成功させればなかなかにオイシイ。

 行先に配達依頼も出ていたら、ダブルでオイシイ。


「よし、やってみるよ」


 俺は護衛依頼を受けることにした。

 先ほど見せてもらった南東の農村への依頼票を受け取る。

 冒険者ギルドを出て依頼主の家を訪ねた。


「依頼を受けてくれてありがとう。この人の護衛をお願いね」


「チーッス」


 家から出てきたのは、だいぶチャラい感じの兄ちゃんである。


「オレ、農村なんて田舎行きたくないケドー、おふくろが働けってウルサイんでー、農業目指すみたいな?」


 おっと、いい年こいて無職の人か。

 まあ俺には関係ない。きちんと護衛の仕事をこなすだけだ。


 というわけで、俺はチャラい兄ちゃんを連れて港町を出発した。







 港町から農村までは、徒歩で三日弱というところだ。

 道中に出現するのは弱い魔物や野生動物くらいで、今の俺とクマ吾郎なら全く問題ない。

 ……そのはずだったのだが。


「ヒャッハー! 死ねシネェ!」


「こら、一人で前に出るな! 危ないぞ」


 チャラい兄ちゃんがやたらと突撃するので困っている。

 そして彼はとても弱い。

 最初期の俺を思い出すくらい弱い。

 グミ数匹に囲まれてボコられたら間違いなく死ぬくらいに弱い。

 そして、突撃やめろと言っても聞きやしねえ。


 いっそのことクマ吾郎の背中に紐でくくりつけて運んだほうが安全だと思ったが、そうもいかない。

 木の棍棒片手に突撃しまくる兄ちゃんにうんざりした。


 そしてあと一日で農村に着く時点で、またもや魔物に遭遇した。


「……む。ゴブリンシャーマンがいるな」


 森の中、普通のゴブリンが三匹の他、シャーマンが一匹まじって歩いている。

 シャーマンは魔法を使うので、少々やっかいな相手だ。

 ゴブリンたちはまだこっちに気づいていない。奇襲してさっさと片付けてしまおう。


「あんたはそこの木のかげに隠れていてください。絶対に動くなよ」


「へいへい」


 兄ちゃんに待機を固く言い含めて、俺とクマ吾郎は戦闘態勢に入った。


「マジックアロー!」


 魔法の矢がゴブリンの頭を撃ち抜く。

 本当はシャーマンを狙ったのだが、矢の軌道にたまたまゴブリンが入り込んでしまった。くそ。


「ガルルルッ!」


 クマ吾郎の爪が二匹目のゴブリンをなぎ倒した。

 しかしその隙を縫って、ゴブリンシャーマンが魔法を唱える。


「ファイアアローッ」


 炎の矢が俺のほうに飛んできた。剣で叩き落とす。

 地面に落ちた炎の矢は完全に消えていない。慌てて踏み消した。

 ゴブリンはバカなので、こんな森の中で炎の魔法を使ったら燃え広がって大変だとか考えない。

 魔法を使う知恵はあるくせに、そういうところがバカなのってどうよ。


 クマ吾郎がシャーマンに襲いかかるが、奴は手下のゴブリンを盾にしてやり過ごした。


「ユウさん、ダラダラ戦って何やってんすか! やっぱオレが加勢しなきゃダメじゃん!」


 チャラ兄ちゃんが木のかげから飛び出した。棍棒を振りかざしてシャーマンのほうに走っていく。


「バカ、やめろ!」


 俺は慌てて彼を引き戻そうとした。が、間に合わなかった。


「ファイアアロー!」


「ぎゃあああっ」


 ゴブリンシャーマンの魔法が兄ちゃんに直撃する。

 たちまち火だるまになる兄ちゃん。

 俺は必死で火消しをする。マントで叩いて、なけなしの水筒の水をぶっかけて。

 けれどもそんなことで火が消し止められるわけもなく、やがて彼は黒焦げの死体になってしまった。


「ガウ……」


 シャーマンを始末したクマ吾郎が困った顔をしている。

 俺もどうしていいか分からない。

 火が周囲に延焼せずに消えたのだけが救いか……?


 と。


『護衛対象の死亡を確認しました。護衛依頼は失敗です。ペナルティ』


 依頼票が声を発した。

 ペナルティの声と同時に、軽いめまいがした。

 この感覚は前にも経験がある。カルマが大きく減ったときだ。


 ステータスを開いてみたら、カルマが-25まで減っていた。マイナスの概念があったのか。


「どうしよう……」


 とりあえずこいつを埋葬してやって、農村に向かうしかないだろう。

 彼が死んでしまったと到着先に伝えないといけない。

 ついでに、農村まで届けものをする配達依頼もある。


 俺は穴を掘って黒焦げ死体を埋めた。

 土を盛って棒を刺し、軽く手を合わせておく。


 こんなことなら、問答無用でクマ吾郎の背中にくくりつけてやればよかった。

 後悔してももう遅いとは、このことだった。

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