第22話 毒薬飲みまくり

※まだ虫の(以下略)



 俺とクマ吾郎は野外で一晩過ごした後、鉱山町に戻った。

 衛兵詰所に行って毒薬で虫を殺せると説明する。


「何……? そんなことが本当にできるのか!?」


 衛兵隊長のおっさんが驚いている。

 大事な部下が何人も虫に寄生されてしまって、心を痛めていたんだそうだ。


「本当です。俺も虫を飲み込んでしまったけど、毒薬で殺して死体を吐き出せました」


 昨日吐き出した虫の死骸を持ってきたので、見せた。

 気持ち悪いことこの上ないが、毒薬の有効性を知ってもらうためだ。


「確かに、この臭いは胃液だな。体内に入った虫をこんな方法で殺せるとは」


 隊長がうなずく。

 それから、ありったけの毒薬がかき集められた。

 俺の手持ちも供出して、全部で二十本以上になる。

 寄生された人は十五人ほどだというので、とりあえず足りるだろう。


 衛兵の中から覚悟が決まった者を選出して、毒薬飲ませ係にした。

 俺は遠慮したよ。

 だってさすがに、見知らぬ他人のために命をかけたくない。

 その代わり、サポート役としてその場に残ることにした。そのくらいならいいかなって。


 隔離室のドアを開ける前に準備をする。

 目の細かい網や蚊帳を用意して、虫が逃げ出さないよう張り巡らせた。

 万が一、一匹でも逃がしてしまったらまた誰かに寄生して、大変なことになるからな。


 次に毒薬係が布で口元を覆った。

 虫は小さいやつでも数センチ程度はあるので、耳からは入ってこない。危ないのは口と鼻だ。

 マスクのようにしっかり口と鼻を覆って、侵入対策にした。


 打ち合わせと準備を経て、ついに突撃のときが訪れる。

 毒薬係の衛兵たちは緊張した面持ちでドアを開けた。







 隔離室の中は地獄のような有り様だった。

 虫がわらわらと床や壁、天井を這っている。

 蜘蛛の巣のようなものがあちこちに張っていて、粘液で床はぐちゃぐちゃだ。


 それでも寄生された人々は生きていた。しかもほとんどが意識と正気を残している。

 考えるだに辛すぎる状況。俺だったら確実にトラウマになる。


「みんな、これを飲んでくれ! 体内の虫を殺せる!」


 毒薬係に真っ先に志願した隊長が、毒薬の瓶を掲げた。

 寄生された人々が、幽鬼のような顔色で見てくる。

 隊長は手近な一人に走り寄って、毒薬を飲ませた。


「ぎゃあああぁ……っ」


 当然のことながら悶絶している。

 分かるよ、毒薬飲んだらめちゃくちゃ苦しいんだよな……。

 それでもこのままでいるよりもずっといい。


 毒薬係たちは毒薬を飲ませて、虫を吐き出させていく。

 次にポーション係が体力回復のポーションを飲ませて、部屋から回収していく。


 俺たちサポート係は部屋から出てきた虫の始末だ。

 網を破らないように注意しながら、近づいてきた虫を潰す。


「マジックアロー!」


 網に指先を通して魔法を使えば、マジックアローは網の向こう側に生まれた。これなら網を傷つけずに済む。

 MPが続く限り魔法を唱えて、MPが尽きたら剣でチマチマと虫を潰した。

 衛兵たちも魔法が使える人は似たような戦法を取っている。

 槍でチクチクと潰している人もいる。

 部屋から出した元寄生者は、体に虫がついていないかよく確認してから網の外に出した。


 そうした地道な作業を繰り返すこと、約二時間。


「や、やった……。これで全部だ」


 全員の虫の吐き出しが終わり、隔離室にいた虫も全滅させることができた。







 虫増殖の元凶、ボサボサ頭のジェイクも同じ方法で助けることができた。

 ただしジェイクの腹の虫は育ちすぎていて、毒薬で殺すことはできたが吐き出すには大きすぎた。

 無理もない、こいつは一番最初に寄生されていたからな。


 それで彼は医者に運ばれていった。

 開腹手術で胃の中から取り出すんだそうだ。ひぇ。


 王国騎士団は全て片付いた日の午後にやって来た。

 ものものしい雰囲気だったが、全部解決した後だと聞いて拍子抜けしている。


「寄生型の魔物に毒薬が有効だと知っている者がいたのだな」


 そう言って前に出たのは、国王一家の後ろに控えていた白フードの騎士だった。


「我らも対策を取ってきたが、無駄になったとは。……いや、責めているわけではない。素早く正しい対処に感謝する。対処が半日遅れれば、それだけ被害が拡大した恐れがあった」


 白フードの人――騎士団長のヴァリスさんは俺に報奨金をくれた。

 小さい袋を開けてみると、中身は金貨五枚!

 金貨一枚は銀貨十枚の価値がある。つまり銀貨五十枚、銅貨なら五百枚だ。すげえ、大金!


 まだ虫が残っているかもしれないので、騎士団と衛兵と冒険者が総出で探索をした。

 ジェイクの家の周囲や草むらなどが念入りに探されて、何匹かの虫が駆除される。

 探索は夜になってもしばらく続き、それからようやく安全宣言が出された。


 俺とクマ吾郎はやっと安心して、その日は宿屋で眠ることができた。







 次の朝。

 宿屋から出ると、騎士団の人たちが町を出発しようとしているところに出くわした。


「やあ、ユウ」


 ヴァリスが話しかけてくる。


「きみには今回、世話になったな」


「いえいえ。たった半日差で騎士団の皆さんが来てくれると分かっていたら、俺も焦らず待っていたんですが」


 すると彼は複雑そうな顔をした。

 俺のほうに顔を寄せて、小声で言う。


「いいや、本当に世話になったと思っている。……ここだけの話だが、我々はこの町の住民を全員殺すのも辞さない覚悟でやって来た」


「え」


「寄生型の魔物はそれだけやっかいなんだ。毒薬で殺せる段階ならばいいが、完全に体を乗っ取られて元に戻らないケースもある。だからわずかでも早くきみが動いて、まだ手遅れではないと証明してくれたおかげで、我々も事を大きくせずに済んだ」


「そ、そうですか……」


 冷や汗が出る。

 皆殺しになった場合、居合わせた俺もタダでは済まなかっただろう。

 国軍の虐殺を目の当たりにして、目撃者を放置するほど優しくはないだろうからな。


「きみには借りができた。もし困り事ができたら、王都を訪ねてくれ。助けになろう」


 ヴァリスはそう言って、部下の騎士たちを引き連れて帰っていった。


 こうしてようやく、鉱山町の寄生虫事件は幕を閉じたのだった。

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