第21話 起死回生

※虫の気持ち悪い話が続いています



「クマ吾郎、大丈夫か? あの虫を飲み込んでいないよな?」


「ガウ」


 俺の問いかけにクマ吾郎はうなずいた。大丈夫のようだ。

 あの虫。

 最初にボサボサ頭のジェイクが虫を飲み込んだ一週間前、もっとしっかり介抱してやればよかった。

 腹を殴ってでも虫を取り出しておけばよかった!


 だが、今さら後悔してもどうしようもない。

 俺は辺りを見渡した。

 通りには人がほとんどいない。あの虫を恐れて、みんな家に閉じこもっているんだろう。


 俺は衛兵の詰め所に行ってみた。

 もし虫討伐の準備が進んでいるなら、手伝いくらいしようと思ったのだ。


「虫退治がどうなっているのかって? 手に負えないから、王国騎士団の応援を呼んだよ」


 衛兵の一人が言う。

 彼は奥のドアを指さした。


「下手に退治に行くと、ミイラ取りがミイラになる。寄生されて虫を吐き出す人間が増える一方だ。寄生された奴らはあっちの部屋で隔離している」


「そんな……」


 ジェイクはあんな状況でも正気を保っていた。あれは苦しいだろうな……。

 王国騎士団は数日以内に到着する予定だという。

 今、俺にできることは何もない。

 下手に手を出したら俺まで寄生されるかもしれないし。ていうか危なかったし。


 別に王国騎士団を待つ必要もない。

 ちゃんと討伐できるの見込みがあるならば、こんな町はさっさと離れておいたほうがいいかもしれん。

 俺はモヤモヤとした気分を抱えながら、表通りに戻った。


「もう夕方か。宿屋、やってるかな」


 そんなことを考えながら、宿のあるほうへ行く。


 と。

 道端の茂みの中から、魔物の虫が飛び出してきた!


「クソ、町なかにもいるのかよ!」


 俺は剣を振るって虫を叩き落とす。

 中くらいの大きさに育っていた虫は刃を受けて、ぶちゅっと潰れた。黄緑色の体液がまき散らされる。


「ガォゥ!」


 クマ吾郎が鳴いた。背中の毛皮に虫がくっついている。

 慌てて引き剥がし、踏み潰した。


「はぁ……焦った」


 ため息をつく。

 ……油断したのが悪かった。

 いつの間にか小さい虫が俺の肩に張り付いていて、ため息で開いた口に入り込んだ!


「……!? げえええぇぇっ」


 ぬるりとナニカが喉を通る感触。

 俺は虫に寄生されてしまった。






 混乱しながら周囲を見る。

 周りは誰もおらず、俺が虫を飲み込んだのは見られていない。

 他の虫もいない。


 どうすればいい?

 最初に思いついたのは、衛兵詰所の隔離室に入ることだ。

 でもたぶん、あそこは悲惨な環境だと思う。だって次々に虫が産まれてくるんだぞ?

 できればそんな場所には行きたくなかった。


 かといって野放しにはできない。

 このままではいずれ、俺も虫を吐き出すようになってしまう。


「クマ吾郎! 俺の腹を殴ってくれ!」


 指を喉に突っ込んだ程度じゃ吐き出せなかった。

 じゃあもっと強い衝撃を与えればどうだ。

 クマ吾郎は戸惑いながらも、俺の腹にパンチを当てた。


「ぐへぇ」


 太い腕の強烈な一撃を受けて、俺は胃液を吐きながら吹き飛んだ。

 だが吐いたのは胃液だけで、肝心の虫は出てこない。

 他の手を考えなければ。


 その間にも腹からはざわざわと気色の悪い感触がする。

 確かにアレが生きて腹にいるのだと実感する。

 マジ勘弁してくれ!


 どうすれば腹の虫を外に出せるんだ。吐き出すのはできそうにない。

 じゃあ、虫を殺せばいいのか?

 腹の中にいるのに、どうやって?


「腹の中……殺す……そうだ!」


 俺は荷物袋から緑色のポーションを取り出した。

 魔物に投げつけて使っている毒薬だった。

 これを飲めば、あるいは……!


 瓶のふたを開けて口元に持ってくる。

 こんなものを飲めば、俺だってただじゃすまない。手が震えた。

 でも虫に寄生されてタマゴを吐き出して、やがては腹を食い破られる可能性すらある。

 そんなことになるくらいなら、飲んでやる!


「うぎゃああぁぁっ」


 緑色の毒薬を一気にあおると、喉を通る段階で焼けるような痛みを感じた。

 胃の腑まで毒薬が落ちたのと同時に、俺は地面に転がる。


「ゲボッ」


 咳をすると同時に血を吐き出した。

 かすむ目にクマ吾郎の心配そうな顔が映る。


「ゲボォッ」


 また血の塊を吐き出した。

 ……いや違う、血だけじゃない。

 黒っぽい何かが交じっている。

 虫の死体だ!


 サソリやクモを思わせる小さな虫は、足を縮めて完全に死んでいた。

 俺の腹の中で毒薬をもろに浴びたのだろう。


「やった、ざまあみろ……」


 意識が遠ざかりそうになるが、必死で引き止める。

 ここで倒れるわけにはいかない。

 ここはまだ虫たちのテリトリー。気絶すればまた寄生されてしまう可能性がある。


 俺は歯を食いしばって意識を押し留め、体力回復のポーションを飲んだ。

 喉も胃も毒薬で焼けてしまったので、少しでも中和するつもりだった。

 回復の効果はそれなりに出て、いくらか体が楽になる。


 俺はふらつく足で立ち上がった。

 クマ吾郎につかまりながら歩いて、鉱山町の外へと出る。

 安全と思われる距離までやって来て、俺はようやく膝をついた。


「ひどい目にあったが、何とかなった……」


 もう一本、体力回復のポーションを飲む。

 喉を落ちていくポーションが傷を癒やしてくれるのが分かる。

 普段は薬臭くてまずいと思っていたのに、妙においしく感じられた。

 生きていると実感できて、嬉しかった。

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