第20話 ただの配達、そのはずが
※虫の魔物で気持ち悪い描写が出ます。ご注意。
翌朝、俺は再び冒険者ギルドへ行った。
配達依頼をチェックするためだ。
王都の観光は昨日一日で満喫した。
今の俺に何日も遊び歩く余裕はない。
依頼をこなしてお金とメダルを貯める。もっと強くなる。
華やかな王都の空気に触れて、その思いを新たにした。
「お、鉱山町への配達依頼がある。配達先は魔法使い見習いのジェイクか」
そういえば、道端で魔法書を読むのに失敗したボサボサ頭がそんな名前だったはずだ。
魔法修行中ということで、俺は親近感を覚えた。
魔物を飲み込んで腹を下していないか、確認しがてら配達してやろう。
配達物はマジックアローの魔法書だった。
王都の魔法屋に頼んで取り寄せたらしい。あいつも勉強熱心だな。
俺は魔法書を受け取って、さっそく王都を出発した。
道中、ゴブリンが二、三匹うろついているのを発見。
あのくらいの弱い魔物なら、もう苦戦することはない。
いい機会だ。詠唱スキルの効果を確かめてみよう。
「マジックアロー!」
指先から飛び出した魔法の矢が、ゴブリンの腹を撃ち抜く。
残念なことに一撃必殺とはならなかった。
ゴブリンたちはキーキーわめきながら、俺とクマ吾郎に襲いかかってきた。
ガキン!
ゴブリンのサビだらけの斧をクマ吾郎の爪が受け止める。
そのまま爪を横薙ぎに振るうと、ゴブリンは吹き飛んで息絶えた。
「もう一度、マジックアロー!」
魔法の矢が今度はゴブリンの頭に命中した。
かすれた悲鳴を上げながら、ゴブリンが崩れ落ちる。お掃除終了っと。
二回連続で魔法が成功した。さすが詠唱スキル。
その後も見かけた魔物で試してみたが、成功率は三回中二回というところだった。
66パーセントか。
あまり信用できない数字だが、詠唱スキルを取る前の20パーセント弱よりよっぽどマシである。
魔法をできるだけ使って詠唱スキルを鍛えれば、どんどん向上するだろう。楽しみだ。
ついでにMPの消費も抑えられていた。
前は二発撃ったらMPがスッカラカンだったのが、今では三発撃って多少の余裕がある。
これは嬉しい誤算だ。
俺はやや浮かれた気分で旅路をこなして、鉱山町へと到着した。
およそ一週間ぶりの鉱山町は、どこか異様な空気に包まれていた。
ちょっと前までは活気に包まれた空気だったのに、今では表通りに人がほとんどいない。
やっと見つけた人影も、話しかけようと近づいたら逃げられてしまった。なんなんだ。
「まあいいか、先に配達を済ませてしまおう。あのボサボサ頭の家は、こっちだったっけ」
家まで送ってやったので、場所は覚えている。
ボサボサ頭のアパートは、やはり様子がおかしかった。
古びた建物なんだけど、床がやたらにビチャビチャしている。
ぬめる床で転ばないように注意して進んだ。
配達先の部屋のドアを見つけて、ノックする。
「こんにちはー。魔法書の配達に来ました」
返事はない。
俺は少し迷ったが、ドアノブに手をかけてみる。鍵はかかっておらず、ドアは開いた。
クマ吾郎に廊下で待っていてもらうことにして、中に入った。
室内は薄暗く、様子はよく見えない。
「おーい、ボサ……じゃない、ジェイクさん? いるかい?」
ぴちょん。
足元で水たまりを踏んだ。粘り気のある奇妙な感触だった。
少しずつ目が暗さに慣れてくる。
雑然とした部屋の中、誰かが床にうずくまっている。
その人影が身動きしたので、俺は駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「ううっ……」
ひどい顔色だったが、そいつは確かに以前助けたボサボサ頭だった。
「こっちに来ちゃ、駄目だ。に、逃げて……」
「え?」
「…………! うげっ、ゲホゲホッ!」
ジェイクは急に咳き込み始めた。
俺が背中を撫でようとすると、必死の形相で振り払ってくる。
「おげぇぇぇぇッ」
彼はあごが外れるのではないかというほど口を開いた。
とても苦しそうな表情で、目が血走っている。
その迫力に俺は思わず手を止めた。
そして。
ジェイクの口から楕円形のものが吐き出された。薄気味悪い黄色のタマゴのようなナニカだ。
そのブニブニした殻を破って、中身が出てくる。
「――こいつは!」
それは小さな虫のような魔物だった。サソリともクモとも見える気持ち悪い見た目で、生まれたてだというのにさわさわと歩いている。
さわさわ、ざわざわ。
びちゃびちゃ。
ふと気づけば、部屋の中に多数の気配があった。
ベッドの下。
本棚のかげ。
食べかけのパンの向こう側。
ごく小さいものから中くらいのものまで、数え切れないほどの虫の魔物がこちらを見ている。
「…………ッ!」
そしてそいつらは、示し合わせたように一斉に襲いかかってきた。
俺はとっさに剣を抜いたが、ここは狭い室内。加えて敵は小さな魔物。うまく攻撃できない。
ならば魔法を!
「マジックアロー!」
魔法の矢が手近な虫を一匹潰した。
だが俺の顔めがけて何匹もの虫が飛びかかってくる。
呪文を唱えたために開けられた、口をめがけて。
「クソッ!」
俺は必死で口を手でふさぎ、部屋を飛び出した。
廊下ではクマ吾郎が虫たちと戦っている。
クマ吾郎の口の中に入り込もうとしていた虫を捕まえて、放り投げた。
「逃げるぞ、クマ吾郎!」
「ガウゥッ」
一匹一匹は強くないが、数が多い。加えて体の中に入ってくるなんて、やっかいだ。
ジェイクを置いていくのは気が引けたが、あいつこそが元凶ともいえる。今は助けてやるのは無理だ。
追いすがる虫たちを潰して、投げ捨てて、俺たちは表通りまで逃げた。
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