第8話 カツカツの暮らし
冒険者になった俺は、さっそくギルド内の依頼掲示板を見てみた。
魔物討伐や素材納品依頼が定番らしいが、中にはちょいちょいショボいのもある。
落とし物捜索やら、お年寄りの散歩の付き添いなんてのまである。
流石にそういうのは鉄貨五枚とか、子どもの小遣いの依頼料だ。
「すみません。この辺で安い宿屋に泊まったら、一泊いくらかかりますか?」
受付のおっさんに聞いてみると、
「素泊まりなら銅貨四枚ってとこだろ」
という話だった。
つまり一日に宿代の銅貨四枚と食費を稼がなければ野垂れ死にするってことだ。
……厳しくない?
依頼掲示板の誰でもできそうな依頼をやっていたたら、宿代だけでカツカツ。食費が出せなくて飢え死に直行。
かといって毎日野宿していたら、体が持ちそうにない。
「あと、解呪の巻物は一枚いくらですか」
「銅貨五十枚だな」
げげっ。その日暮らしでいっぱいいっぱいなのに、その金額はなんだ。
この呪われた剣と盾とお別れできそうにない……。
俺は思わずすがるような目で受付のおっさんを見つめたが、目をそらされた。
「いいか新入り、いくら厳しくてもギルドは仕事の斡旋以上の手助けはしない。たとえそれで野垂れ死んでもだ」
「ちょっと厳しすぎじゃないですか」
「世の中そんなもんだよ。それでも生き延びていけば、対価次第で新しいスキルの習得なんぞも紹介してやる。せいぜい一日でも長く生きるんだな」
取り付く島もない。
これ以上、おっさんとぐだぐだ問答する時間も惜しい。
俺はもう一度、依頼掲示板に向き合った。
本日は、いくつかの依頼を受けた。
一つ目は埠頭近くに住むザリオじいさんの散歩の付き添い。
最近足元がおぼつかなくなったじいさんのために、娘さんが手配した依頼だ。
二つ目は港のゴミ拾い。最近ポイ捨てがひどく、清掃活動の依頼が来た。
三つ目は昨日の酒場で皿洗いのバイト。
繁盛している酒場だけあって、人手不足なんだとか。
午前中のうちにザリオじいさんを訪ねて、小一時間ほど散歩の付き添いをする。
じいさんは体は弱っているが頭はしっかりしていて、色んな話を聞かせてくれた。
普通の人間なら退屈な昔話なのだろうが、今の俺は記憶喪失。この世界についての話はどれもためになる。
「このカーティスの港町は、大陸間の玄関口なんじゃ。ここは東の大陸。うんと西に行った先にある西の大陸では、瘴気のはびこる森があるという」
「瘴気の森ですか?」
「そうじゃよ。そこには邪悪な森の民が住んでいて、善良な人間を騙しては食ってしまうそうな。くわばら、くわばら」
森の民の差別とやらの原因はこれか……?
俺自身は人間なんぞ食べたくないが、森の民は人食いなのか。
いやまさか、そんなはずはない。
「それで、森の民は今どうしてるんですか」
ルードの言い分だと、故郷をなくしたと言っていたが。
「二十年ほど前に諸国が連合を組んで、攻め滅ぼしたぞよ。同時に瘴気の森の大半を焼き払った。おかげで瘴気の発生は抑えられて、今は病も減ったのう」
瘴気とやらは森から発生する悪い空気で、万病の元だという。
森の空気と言えば健康にいいのが相場なのに、不思議なものだ。
じいさんは森の瘴気も森の民が悪さをしていたせいだと言った。
「森の民たちは悪神を祀って森を汚したと言われておる。まったく、ろくなことをせん奴らじゃ」
「あはは……」
こりゃあ森の民が迫害されるわけだ。
真実がどこにあるかは分からんが、この国の人々はそんなふうに考えている。
俺が森の民だと知られたら、大変なことになりそうだ。よくよく隠しておかないと。
そんな感じで、午前中の散歩は終わった。
ザリオじいさんは俺を気に入ってくれて、「これを食べなさい」と小さいパンをくれた。
小さいけれど柔らかくて美味しそうなパンである。
今の俺は食い物が何より嬉しい。お礼を言って次の仕事に向かった。
午後、港のゴミ拾いの仕事をする。これが案外大変だった。
ゴミというからちょっとした小さいものだと思っていたのだが、そうじゃなかった。
ぐちゃぐちゃに腐乱した魚のアラとか、壊れたブイとか、各種の廃材とか。扱いがやっかいなものが多い。
俺はひどい臭いに耐えながら腐った魚を片付ける。
廃材は重くてゴミ捨て場まで持って行くのさえ一苦労だった。
破損した樽は木片が毛羽立っていて、指に刺さって大変だ。
午後いっぱいかけて掃除したが、あまりきれいになった感じはしない。
が、とりあえず今日はここまでということになって、仕事は終了した。
明日以降も随時募集するらしい。
長時間拘束と重労働の割に依頼料がいまいちなので、続けるかは悩むところだ。
ここで一度冒険者ギルドに戻って、午前と午後の仕事の依頼料を受け取っておく。
ザリオじいさんの散歩は子どもの小遣い。
港掃除はバイト代くらいにはなった。
合計、銅貨四枚と鉄貨八枚。
「これで何とか、今夜の宿は確保できる」
じいさんにもらったパンを食べて、残りの干しブドウも思い切って食べた。
名残惜しいが、いつまでも持ってはいられないからな。
日があるうちに宿屋の位置も確かめておいた。
夜になったので酒場に行く。
ただでさえボロい格好の俺が、港掃除で汚れた姿になった。
こんなんで飲食店に入っていいのか悩んだが、看板娘は気にせず招き入れてくれた。
厨房に行ってひたすら皿を洗う。
「ああ、そんなに丁寧じゃなくていいから。ざっと汚れが落ちりゃあいいんだよ」
料理人がそんなことを言った。テキトーだな。
まあそういうことであれば、俺もテキトーにやる。
皿洗いは店じまいの深夜まで続いた。
冒険者ギルドはもう閉まっているので、精算は明日になる。
疲れた体を引きずりながら、安宿まで行く。
カウンターのおかみさんに言って通してもらった部屋は、本当に粗末だ。
部屋は狭く、ベッドも藁を敷いただけのもの。天井の隅には蜘蛛の巣もかかっている。
それでも昨日みたいな野宿より百倍ありがたい。
俺は藁ベッドに倒れ込んで、泥のように眠った。
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