第7話 港町カーティス

 俺はついに港町までたどり着いた。

 もうすっかり夜になっていて、暗い浜辺を歩くのは心臓に悪かった。

 それでもあれ以降はグミに出会うこともなく、無事町へ着いたのだ。


 もう夜なので、道に面した店などはほとんど閉まっている。

 少し歩けば酒場が開いているのが見えた。にぎやかな声が聞こえてくる。


 俺は頭に巻いた布で耳を隠した。

 この布はニアがくれた袋に入っていたもの。バンダナのように巻いてさりげなく森の民の特徴的な耳を隠してみた。

 森の民はどうやら、差別やら迫害やらの対象らしいからな。なんでそんなことになっているのか、記憶がないのが困る。まあいいけど。


「いらっしゃい! お客さん、一人?」


 店に入ると、給仕の娘さんが話しかけてきた。


「ああ、一人だ」


 俺の格好はボロボロで呪われた剣と盾に、やはりボロいマント、服。

 日本だったら店を追い出されても文句は言えない。

 けれど給仕は気にした様子もなく、席に案内してくれた。


 メニューは壁際に木札が張られている。

 港町らしく、魚のメニューが多い。

 それからこの町は「カーティス」というようだ。「港町カーティスへようこそ!」と天井から木札が吊られていた。


「ご注文は?」


 さっきの娘さんがやって来た。


「……煮干しで」


「煮干しだけ?」


「お金がない……」


 手持ちのお金じゃそれ以外のメニューを頼むのが無理なんだよ。


「あはは、了解。まあ、煮干しだって魚のはしくれだから。器用さを鍛えてくれるわよ。あなた、駆け出し冒険者でしょう。頑張ってね」


 何? 今、彼女は聞き捨てならないことを言った。


「食べ物によってステータスが上がるのか?」


「そうよ。そんなの常識じゃない」


「じゃ、じゃあ、魔力を上げるには何がいい?」


「魔力なら果物じゃない? うちの店にもあるわよ、デザートで」


「煮干し、取り消しで! もう一回考える」


「はいはい」


 何と、まさか食事でステータスが上がるとは。栄養素の問題なのか?

 しかしそれにしては、十五歳の俺がステータスオール1なのはおかしくないか?

 生きていれば飯は食う。十五年分食べ続けて1ってどういうことだ。

 船の難破で死にかけてリセットされたのか、それともこの世界お得意の理不尽かよ。


 まあいい、これから魔力を上げて解呪すればいいんだ。

 俺はデザートのメニューを眺める。


 ……どれも手持ちじゃ頼めない額のものばかりだった。


 俺は結局煮干しを頼んで、酒場の閉店まで粘って外に出た。

 もう深夜で、辺りは真っ暗。

 しかし小銭を使い果たしてしまった俺が、どこかに宿を取れるはずもなかった。


 煮干しだけでは腹持ちが悪い。さっきから空腹で仕方がない。

 袋の中にはもう一個だけ堅パンがある。干しブドウも少しだけ残っている。

 それらは俺の心の支えだ。今、食ってしまうのはためらわれた。


 今の季節は春のようだ。昼間動き回っていたら汗ばんだが、真夜中の今は肌寒い。

 俺はボロいマントにくるまって、酒場の前で一夜を明かした。

 雨が降っていなくて良かったと思った。







 翌朝、人々が動き始めた気配で俺は目を覚ました。

 地面に座って眠り込んだものだから、体があちこち痛い。

 こんな生活はとてもじゃないが続けられない。少しでもお金を得て、安宿でいいから泊まれるようにならなければ。


 ところで、昨日の給仕の娘もニアやルードも「冒険者」という言葉を言っていた。

 俺の記憶では、冒険者はファンタジーで定番の職業。魔物討伐から護衛からおつかいまでの何でも屋だ。

 この世界にもそういう仕組みがあるのなら、冒険者ギルドとかもあるかもしれない。そこに行けば仕事にありつける。


 そんなわけで、俺は冒険者ギルドを探した。

 予想は外れておらず、道行く人に聞いたらすぐに場所が分かった。

 表通りに面した石造りのけっこう立派な建物である。確かに「冒険者ギルド・カーティス支店」と看板が出ている。分かりやすい。


 恐る恐る中に入る。

 入り口の奥はカウンターがあって、無愛想なおっさんが座っている。

 あれが受付だろうか。しかし受付と言えばお姉さんが定番だろうに、なぜおっさんなのか。


「あのー、すみません」


「あん? 何だ、見ない顔だな。新人か?」


「はい。冒険者になりたくて、ここに来たんですけど」


「あいよ。じゃあ加入料で銅貨五枚だ」


「えっ」


 銅貨五枚。それは昨日食べた煮干しの代金と同じだった。

 まさか小銭をくれたニアは、冒険者ギルド加入料として用意してくれていたのか? 俺、煮干しにして食っちまったが?


「なんだぁ? 坊主、まさか銅貨五枚ぽっちもないってか?」


「は、はい。そのまさかで……」


 ガハハ、と周囲から笑い声が上がる。受付のおっさんの他、その辺にいた冒険者たちが笑っている。

 うっわ恥ずかし!


「なあ坊主、手持ちのものを売るとかで、何とか用意できねえか?」


 少し気の毒になったらしい受付のおっさんが、心配そうな口調で言った。


「俺の持ち物、これで全部なんですけど」


 そう言って俺は、袋の中身をカウンターに並べた。

 赤い体力回復ポーションが残り一本。ピンクの麻痺ポーションと透明の硫酸も一本。

 緑色の謎のポーションは二本。

 これまた謎の巻物が合計で三本。

 ついでに堅パン一個と干しブドウ少々。


「あ、あー。本当に何もないんだな……」


 この頃になると周囲も笑うと言うより、同情的な空気になっている。それはそれで恥ずかしい……。

 受付のおっさんは禿げかけた頭をボリボリ掻いて言った。


「分かった、分かった。この荷物で銅貨五枚分にしておいてやるよ。言っとくが、かなりオマケしてるからな? 他の店に持っていっても、二束三文にしかならねえよ。あとまぁ、食料だけは返してやるわ。餓死されても気分悪いし」


「え、そんなに安いんですかこれ」


 俺は思わず抗議と驚きの声を上げるが。


「まあな。一個で鉄貨二、三枚がせいぜいだよ」


 なお銅貨一枚は鉄貨十枚分の価値があるそうで。


 そんな経緯で。

 俺は、食料以外の荷物全てと引き換えに晴れて冒険者となったのだった。

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