第9話 新しい話
町なかで簡単な依頼を受けまくる日々がしばらく続いた。
生活は本当にカツカツで、宿代と食費を出したら手元にはほとんど残らない。
多少小銭が貯まってきたかと思ったら、依頼があまり出ない日に赤字になって吹っ飛ぶ。そんな繰り返しだ。
それでも多少はマシになった点もあった。
ザリオじいさんに教えてもらって、その辺に生えている木の実を取って食べることを覚えたのだ。
この国の果物の季節はめちゃくちゃで、春なのにリンゴがなっていたりする。あと突然のバナナの木には驚いた。
だが理不尽を深く追及しても無駄と思うので、とりあえずはスルーだ。
「勝手に取って盗みになりませんか?」
俺は一応聞いてみたが、じいさんは愉快そうに笑った。
「ならんよ。果樹園じゃあるまいし、あれらの木は誰のものでもないからのう」
というわけで、食生活はいくらか向上した。
ちなみに、料理の手段がないのでどの果物も生で食べている。
果物類は魔力を成長させる効果があるという。ビタミンみたいなものか?
ザリオじいさんの散歩の付き添いは、金銭面だけ見れば割は良くない。
だけれど色んな話が聞けるし、こういう生活の知恵も教えてもらえる。時々、パンやお菓子ももらえる。
だから依頼が出た日は、なるべく行くようにしている。
そんなふうに暮らしていると、いつぶりかの声が聞こえた。
『ユウのレベルが3になりました』
最弱魔物のグミを四匹殺したときに比べるとゆっくりだったが、経験値?は溜まっていたらしい。
久しぶりにステータスを確認してみる。
名前:ユウ
種族:森の民
性別:男性
年齢:15歳
カルマ:27
レベル:3
腕力:3
耐久:3
敏捷:2
器用:2
知恵:1
魔力:3
魅力:1
スキル
剣術:0.1
盾術:0.3
瞑想:1
投擲:0.1
木登り:1.2
おっ、魔力が思ったより上がってる! 毎日、魔力が上がるという果物類を食べ続けたかいがあった。
腕力と耐久、器用もほんのちょっぴり上がってるな。
重いものを持ち運んだり、皿洗いしたりと色んなことをした成果か。
知恵と魅力は相変わらず死んでいる。どうすりゃいいんだろうな、これ。
あとはカルマとやらがかなり上がっている。
どうやらカルマは高いほど善人とみなされるようで、コツコツ地道に依頼をこなしていたら知らないうちに上がっていた。
どんなメリットがあるのか不明だ。
スキルは木登りが地味に上がっていた。
果物を取るために木登りしたせいだろう。
剣術やらの戦闘スキルは、全く戦っていないので変わるはずもないか。
できれば剣の素振りでもやりたいんだが、毎日疲れ果ててすぐ寝ちゃうんだよなあ。
ただ耐久力が上がったせいか、最近はほんの少しずつ余裕も生まれている。
次のステップに進むために鍛えていきたいところだ。
そういや剣と盾の解呪はまだできていない。解呪巻物の銅貨五十枚は今の俺にとって大金過ぎて手が出せないのだ。
だが、魔力がいくらか上がったことだし、そろそろ目指してみてもいいかもしれん。
魔力がしっかりあれば、巻物の成功率がアップするからな。
そうなるともっと割の良い仕事を探さなければ。
毎日清掃やらドブさらいやら皿洗いやら、冒険者らしくないことばかりの生活も飽きてきたところだ。
何か新しい話はないだろうか。
ステップアップを考えながらなかなか進めないでいるうちに、季節は春から夏になった。
気温が上がって、夜になっても暑さが続く。
海の向こうに見える雲はモクモクの入道雲。
真っ青な海と空はまぶしいくらいだ。
そんなある日、冒険者ギルドにちょっと変わった依頼が張り出された。
『配達依頼。夏の結晶を隣村サザのライラばあさんまで届けてほしい』
配達依頼自体はけっこう出るものだ。
夏の結晶もありふれた石で、ちょっとした魔法の触媒になるらしい。
だがサザ村というのは初めて聞いた。
「なあおっちゃん。隣村ってくらいだから、サザ村は近いのか?」
ここ数ヶ月で受付のおっさんとすっかり親しくなった。
軽い口調で聞いてみると、答えが帰って来る。
「近いぜ。このカーティスの町から東に徒歩で丸一日ってとこだな。なにせ小さい村なんで、配達依頼もあまり出ない。ユウ、お前がやるには手頃じゃねえか?」
「そうだな」
俺の実力では、もっと離れた町や村まではまだ行けない。途中で魔物に出くわしたらアウトだからだ。
だが、徒歩一日なら何とかなりそうだ。
持ち歩く食料も少なくて済むし、野宿も片道一泊だけ。身軽であれば逃げられる確率も高まる。
その分、一般的な配達依頼に比べると依頼料は安い。
けれど町の雑用依頼よりはずっと良い。
これを無事にこなせば、ぐっと貯金を増やせるぞ……!
「よし、俺、この依頼引き受けるよ!」
「その意気だ」
そうと決まれば準備をしなければ。
たった一日とはいえ、歩き詰めと野宿になる。何の備えもなく行けるものではない。
「じゃあユウに、初挑戦のせんべつをやるよ」
受付のおっちゃんが言って、袋を取り出した。
首を傾げながら中身を見ると、冒険者ギルドに加入するときに銅貨の代わりに渡したポーションと巻物だった。
「え、これって?」
「取っておいたんだよ、ありがたく思え」
おっちゃんがニヤリと笑うが、ギルドにいた別の冒険者がはやし立てるように言った。
「偉そうに言うなよー! そんな物を売っても、いくらにもならないからね。売る手間が面倒だっただけでしょ」
「ふん。勝手に言え」
どんな経緯でどんな内容であれ、せんべつをくれるのはありがたい。
なにせ、今の俺はほとんど無一文。体力回復ポーション一本だけでも感激ものだ。
透明ポーション……硫酸があれば急場はしのげる。旅の成功率が上がる。
だから素直に礼を言った。
「ありがとう、おっちゃん!」
「おうよ。お前は底辺からスタートして、季節を一つ生き延びた。それは誇っていい。また次の季節まで生きていられるよう、頑張れよ」
おっさんが親指を立てる。俺は力強くうなずいた。
「ああ!」
そうして俺は、依頼品の夏の結晶を持ってカーティスの港町を旅立った。
町の外に出るのは、ずいぶん久方ぶりのことだった。
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