うぬぼれマキアート

伏見同然

第1話

脳は、心から笑っているかどうかを判断できない。だから、無理矢理にでも笑った表情をつくれば、脳が勘違いをして気持ちが明るくなる。

ネットのどこかで見た記事を思い出して、頬に両手を押し当てて口角を上げてみた。なんとなく気分が変わったような気がしなくもないけど、転落し始めた人生は変わらない。


20代で運良く潜り込んだ会社は、IT化の波に乗って成長した。自分も成長していると勘違いしていた私は、自然と増えていく収入に合わせるように、気も大きくなっていった。


最初、コンビニで値段を見ずに買い物をするようになった。いらないもので溢れたカゴを、わざと大きな音を立てるように置いて、店員を威圧した。

そのあと、ジョエル・ロブションに行ったけど普通だったことや、できたばかりのアマン東京に泊まって最高だったことを言い回ったりした。

やがて、増えてきたインデックス投資の評価額と資産の合計を見ては、同世代の平均より多いことを確認して、密かに周囲を見下した。


自分の能力を疑わなかった私は、独立起業した。

最初のうちは、これまでの関係で仕事ももらえていたが、人との衝突が多くなっていった。

正確に言うと、ごもっともな指摘をしてくれた人を、私が排除していったということだ。

最初はいい顔をして関係を気づくのだが、いつの間にか相手の嫌なことを見つけてしまう。減点法なので評価が上がっていくことはない。最後は喧嘩別れか、気持ちの悪いフェードアウトで終わる。


そんなことを繰り返していくうち、あるときからまるで世界全体で示し合わせたかのように、誰も仕事を依頼してくれなくなった。

仕事がなく困っているところに手を差し伸べてくれた人がいて、最初は感謝をして、今度こそ何も文句を言わずにがんばると決めたが、やはり気づくと相手を嫌いになっていて、その仕事から逃げだした。


たまに会う知り合いには、仕事は順調そうなふりをしていたが、バレていはずだ。この頃、崩し始めた貯金はみるみるうちに減っていて、別れ際の支払いのときは顔もおかしくなっていただろうから。


とうとう事業資金はなくなり、個人の貯金を会社に入れた。会社をうまくやっているという形だけは守りたかった。当たり前だが、そのお金は自分の生活に直結するので、実家からもらった米ばかりを食べて凌いだ。


ただ無計画に延命をしていただけなので、もちろん会社のお金はショートした。事務所を引き払うのに、また貯金がごそっと減った。このままだと自宅の家賃もままならないことはわかったので、田舎でひとりで暮らす母に電話をした。


母にも表向きにも、場所に縛られない仕事もできる時代になったので、前からの夢だった自然のなかでの暮らしを実現させるために、田舎へ引っ越すことにしたと説明した。

母はあっさりと了承してくれて、3ヶ月後には母とふたりの生活が始まった。


はじめのうちは、たまに実家に帰るときのように、好物だったおかずがテーブルいっぱいに広がっていたが、徐々に食卓は質素になっていった。3食つくってくれるだけでもありがたいのだが、ともに生活をし始めた母に対しても、私のあの癖がまた出てきた。


母とろくに口も聞かなくないまま、かつての自分の部屋で、仕事をしているふりをした。実際ほんの少しだけ、仕事をもらえてはいたが、それが生活を変えるようなことはなかった。


その年末に、母は突然倒れて運ばれた病院でそのまま死んでしまった。唯一連絡先を知っていた親戚のおじさんに電話をして、葬儀からなにから仕切ってもらった。喪主の挨拶は定型文を読んだ。


言われるままに手続きなどを終えて実家に帰ると、もう薄暗くなっていた。ポストには母宛にdocomoから請求書が届いていた。居間に入って電気を付けると、窓に喪服を着た自分の姿が映っていた。


喪服を脱ぎ捨てて、自分のお気に入りの服に着替えて、東京行きの特急電車に飛び乗った。

新宿に着いてすぐスタバに向かった。


間違っていたけれど、嫌なやつだったけど、根拠のない自信はたっぷりで、不安もなにもなかった、あの頃の自分。

あのときみたいに、将来を悲観もしないで、暗い気持ちにならずに眠れるように、東京で輝いている自分に戻れるように唱えた。


「トールのホットキャラメルマキアートを無脂肪乳で」

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うぬぼれマキアート 伏見同然 @fushimidozen

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