第11話 完成しました、筋トレマシン


 一見、ステンレス製。私には専門知識はないので私の知るステンレスとこの金属とがどう違うのかは判らないけれど、糸のように細く伸ばした鋼鉄?をリリアン編 メリヤス縫製糸みのように縒り合わされた鋼索ワイヤーが、目の前に巻き纏められていた。


 が現代で見たことのある、いわゆるワイヤーと同じだ。こうすれば、金属なのに柔軟性があり、何本も束ねられているから強度もある。


「お求めの強度と柔軟性がある程度実現されている物が出来上がったと思います。お確かめください」


 モーリッツの隣で、鼻息荒く自慢げにワイヤーの性能を述べる初老の男性と、顔色悪く肩を縮こまらせている中年男性。二人とも、この国に多い明るい茶色の髪に、薄茶の目だ。


「この合金鋼の配合を何度も繰り返して確定させたのがこちらの自称錬金術師ダルゴ、この細く引き延ばして糸状にして縒り合わせる技術を模索したのがわたくしゴッケルでございます」


 錬金術と言っても、前世の記憶がある人が時々生まれるこの世界でも魔法はないので、本当の意味で職業としての錬金術師は居ない。現代で言う科学研究である。

 力学的なカラクリはあるものの、電気の発電方法や精密機械はまだ発明されていない世界なので、物質に働きかける錬成術として科学研究する人のことを、錬金術士と言うのである。


 そして、金属を細く糸状に加工したりワイヤーを縒り合わせる技術を開発するのに、ゴッケル氏ご本人がどれだけ苦労したか、どう実験を繰り返して失敗がどう繋がって成功に至ったか、こちらから訊かなくても延々と喋る喋る。


 とにかくよく喋るこのゴッケル(独:雄鶏)さん。頭の中で勝手にドイツ語に翻訳されて、オンドリ氏って聞こえるのが笑いそうになる。

 勿論、前世の記憶も女子高生までのものしかない私がドイツ語に堪能な訳はなく、一時期流行った、日本語をドイツ語に無理矢理直訳するとカッコイイと言うやつでたまたま、単語を知っていただけだ。ドイツ語が話せたり聴きとれる訳ではない。

 一例を挙げると、岡山県。岡・丘はヒューゲル、山はベルクで、ヒューゲルベルク。ね? 不思議とカッコイイ響きになるでしょ? みんなの名字や親の出身地なんかをドイツ語に無理矢理直訳するのが流行ったの。

 友人や家族の記憶は曖昧なのに、こういう無駄知識は残ってるんだから面白いよね、異世界転生。


「で、こちらが、5㎏、10㎏の重さに均等に作りました重しでございます」


 厚み1~数㎝の鉄の板。まあ、本当の鉄じゃないかもしれないけど。


「うん、いいわね。ちゃんと真ん中に穴も開けてあるわね?」

「はい。少しでもズレると重心が傾くので、重さもサイズも中心もちゃんと測ってあります」


 彼らに案内されて、領主邸の裏庭に設置されたブランコのような器具の前に移動する。


 すでに、器具にワイヤーは繋いであって、側面に均等に穴が開いた鉄板が重ねられていた。


 器具に座席も据え付けられていて、どこから見ても、レッグプレスの筋トレマシンだった。


姫君レギーナの設計から少しだけバランスを調えてあります。仰るとおり、椅子は器具に固定していないと椅子が倒れるだけで踏み込めませんでした」


 ワイヤーで吊り下げられた鉄板を、椅子に座って両足で踏み込む。と、ワイヤーの先に吊り下がっている重ねられた鉄板のひとつが釣り上がっていく。


「これで、5㎏。軽々ね」


 ペンほどの太さと大きさの金属ピンを、重ねられた鉄板の、上から四枚目の穴に刺す。


「薄いのが5㎏、厚いのが10㎏よね? これで……25㎏。もう少し重くてもいい気もするけど、お試しだから」


 薄いの厚いの四枚の重りが、私が鉄板を踏み込むと釣り上がっていく。


 うんうん、これよ、これ。激しい運動を無理矢理胃液吐くほど繰り返さなくても、座席に着いてレッグプレスを踏み込むだけで、下半身の筋肉が鍛えられるのよ!


「へえ? お嬢、それ、いいな。足腰を鍛えるのが楽そうだ」


 それまで口をきかずに控えていたエイナルの目が光る。


「そうよ。これなら、まだ成長途中のマルティンや私だって、無理をせず短時間で下半身を鍛えられるの。いいでしょ?」


 これで、下半身が安定してカーテシーも綺麗に決まって、アンネマリー女史にしごかれずに済むわ。

 そして、むっちりお腹からオサラバよ。


 オンドリ氏に相談して、内股を鍛えるために重りと繋いだバーを腿に挟み込んで閉じるものや、逆に太股の外側に枕の着いた重りと繋いだバーを当てて、広げていくことで腿からお尻や腰に繋がる筋肉を鍛えるものを、トレーニング器具のデザインを変えることでバリエーションを出してもらうように頼んだ。


「後は、輪っかをつけて、引っ張ることで背中や肩を鍛えるのもあるといいわね」


 ダンベルを持ち上げなくても、重りを引くだけでいいんだもの、か弱いクラウディアの華奢な身体でも出来るわ。きっと。


「お嬢。ダンスや乗馬、美しいカーテシーの姿勢を保つために基礎的な筋肉を健康的に鍛えるのはいいが、女傭兵みたいにガチムチになるほど鍛えるのはやめてくれよ?」


 エイナルが胡乱な目でこちらを見る。


「そんなになるまではやらないわよ。てか、続かないわ。この華奢で柔らかい貧弱な身体を見てよ」

「だから、それがガッシリにならない程度に抑えてくれな」


 冗談で言っていると思いたい。

 私としては、騎士団の強化訓練に参加してヘトヘトにならなくても単純作業で必要な筋肉だけを鍛えつつ、ダイエットしたいだけなんだから。


 とにかく、私の鉱山から産出する鉄鉱石やその合金のおかげで、運動不足になりがちな貴族令嬢でも簡単に身体を鍛えるのは可能になった。


 

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