第9話 筋肉は素晴らしいし壮観だけど、ちょっと怖いです


 響く金属がぶつかる音。飛び散る汗。時折雄々しい太い声があがる。


 うーわー、ゴツい人結構いるなー。

 ゴリアテとかシュワちゃんがいっぱい居る。

 鍛え上げられた筋肉は素晴らしいし壮観だけど、ちょっと暑苦しいし、威圧感というか強面揃いというか、怖い。


 エイナルやうちの騎士たちみたいなのがたくさんいてもたいしたことないと思って来てみたけど、さすがに王宮騎士団は、ボディビルダーみたいなのや某七つ星の一子相伝拳法の人達みたいなのがそこかしこに居る。

 イ・ビョンホンとか黒いぴっちり革服でフォーとか言ってる人程度なら映像で見慣れたと思ってたけど、伯爵家うちの騎士の細マッチョはそれに近かったけど、王宮の騎士たちは、その全身を覆う鎧を身に纏い、全身が隠れそうな大盾を構え、手には戦斧槍ハルバードや私にはとても持ち上げられないだろうと思われる重そうな両刃直長剣ロングソードなど、令和のファンタジー知識で言うところの重装戦士と呼びたい人達だった。


 これを見るまで、騎士って、刺繍とか房飾りとかついた綺麗な立ち襟の騎士服を着てマントに身を包み、装飾のついた長剣や細剣を佩いてる、少女漫画の白馬の王子様みたいなのだと思ってた。

 少なくともうちの領地の衛士や騎士はそう(漫画風)だし、エイナルだって騎士服は着てないけど腰に両刃の直刀を佩いてるだけで、みんな、甲冑や盾も装備してないよ。


 だから、この光景は結構衝撃だったし、アルベリータなんか青ざめてる。


「お嬢、こんなところに何の用があるんだ?」


 エイナルの疑問はもっともだろう。社交デビューしたばかりの深窓の令嬢(笑)たるクラウディアが、こんなところに用があるとは思えないだろう。


 こんなところ ── 王宮騎士団の訓練場 ── の解放日に、見学に来たのである。


「お目当ての騎士でもいるのかな?」


 おおう。


 この紅い髪は目立つのだろう、遠巻きに他の見学令嬢達や休憩中の若い騎士達の視線が痛かった。

 そして、私に意中の騎士がいるのかと訊いて来たのは宰相閣下。と陛下の筆頭宮宰クロィネン卿。

 なんでこの二人の組み合わせでこんなところに居るのかは、不思議には思ってもお互い様なので態々わざわざ訊かないけど。


 宰相閣下は、今のマクシミリアンⅢ世陛下が即位された時に、当時の宰相の補佐として副宰相に就かれていたのが、宰相、大臣などの老齢者の退任と共に引き継がれた方で、まだ四十歳前のお若い方だ。陛下もそれくらいかな? クロィネン卿は五十近いオジサマである。


「まあ、ほほほ。あまり社交に出ず殆ど領地を出ないわたくしが、王城の騎士達に面識などあるはずもありませんわ」

「それもそうか。なら、なおのこと、ここでなにをしているのだ?」

「彼らの訓練に参加できないかと思って……」

「は?」

「あ、いえ、えっと、この、エイナル、が? ね?」


 誤魔化せたかしら。


「……そうか。だが、彼は、正式に騎士の訓練を受けたことも士官学校に通ったこともない、一般人であろう? まずは、来月の一般開放体験会に参加して、ある程度の力量を見せねば、彼らに混ざるのは無理であろうよ」


 体力的に、技術的に、貴族階級出身者の多い王宮騎士団のを受ける可能性も含めてのことなのだろうけど。


「一応エイナルは男爵家の者だし、伯爵家 マグニフィクスの騎士の手ほどきは受けているのですが。どうも、こちらのやり方とは大分違うみたいですわね」

「彼は、従騎士スクワイアだったのか? 君の従者かと思っていたが」


 意外だったのか、宰相閣下はエイナルをマジマジと観察する。

 少し居心地が悪そうなエイナルは、宰相閣下やクロィネン卿から視線を逸らすように立ち位置を変えた。


「なんでも。ですの。わたくしが子供のころ、従者としてお父さまが引き合わせてくださってからずっとわたくしに仕えてくれていて、王立貴族学校パブリックスクールに入る頃には勉強室付き従僕スクールルーム・フットマン近侍(貴人付き侍従武官)エキュパージュequipageを兼ねていましたし。護衛から執事見習いのフットマンまで、なんでもこなしますのよ」

「ほう。それは、とても大切に育てているのだね。希望するなら、許可をとってやろう」


 あり? 私がここに居るいいわけを適当に言っただけだったのに、妙なことに……


 エイナルを見ると、彼は渋々頷いた。


(ごめんね、こんなことになって)


 でも、おかげで、大体知りたいことは解った。


 筋トレは、私も知る腹筋や腕立て伏せ、走り込みとか体育の時間にやるようなものとそうは変わらなかった。

 あと、体の大きな人達は、金属の板を縫い込んだ帯を腕や足に巻いて、負荷をかけて同じメニューをこなしていた。


(特に、目新しい情報はないわね。剣技も、皆さんそれなりに凄いとは思うけど、素人目には伯爵家の騎士団のものとそう変わらないし)


 得るものは、エイナルなら戦斧や戦斧槍ハルバードなんかを使う、知らない人との対戦経験くらいで、私には何もないかな。


「彼らの、剣技以外の、基礎トレーニングは、いつもこんな感じなのですか?」

「まあ、そうだろうね。体力作りは、若手は倒れる手前くらいまでやり込むだろうけど、ベテランになれば、ひと通りやれば、どちらかというと技を磨く方に重きを置いているだろう」


 宰相閣下は、騎士団の訓練監督官に態々わざわざ確認してくださった。


 というか、閣下のお仕事は?


「うむ、わたしか? 朝議も御前会議も午前中に終えて、今は陛下も執務室でゆっくり書類仕事をしているだろう。わたしは、今は空き時間だから馬場に行くつもりだったのだけど、君を見かけたからね、気になって足を留めたまで。

 君にも気になる騎士がいるのかと。まあ、面白いものは見られたし、わたしは、お暇しようかな」


 そう言って、笑って、本来の目的地だろう馬場へ去って行った。クロィネン卿も。


 閣下の言う面白いものとは、王宮騎士団の強面肉厚騎士達に、エイナルが負けていなかったこと。

 重い金属の全身鎧を着た騎士は力強い攻撃を繰り出すけれど、普通の、宮廷服に似た下級貴族や文官の着るシンプルだけど質のよいブラウスと華美な装飾はないジャケット、運動を妨げないややゆったりしたトラウザーズだけの、防具の類いを身につけていないエイナルが、その身軽さをうまく生かして騎士達を翻弄し、勝てなくても決して負けなかった。


 いや、彼らをメンツを立てるために、本気は出さなかったのかもしれない。私たちの元に戻って来たエイナルには余裕があったから。


 

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