第8話 余暇を有効に使いたいJK令嬢


 やれるか? なんて煽って、モーリッツ氏のプライドとやる気を奮い立たせた陛下は、満足そうに頷いた。


 モーリッツ氏を総括家宰(執事長ランドスチュワート)に、情報処理と交渉・折衝と各部の役員の監督をヴィダール卿に、各部署の文書や帳簿の監察をランツィロ氏に任せる事で、私の鉱山運用と鉱山町の環境の改革案を実現していくことになった。


 実際、三人はとても優秀だった。私はともかく、今まで伯爵領側の鉱山町アストゥリアスを任されて経理から運用を担って来ていたユスタスも舌を巻く活躍で、私相手では渋っていた王都の医師や薬師を説得、病院施設ごと招致し、町の環境も改善していく。

 その片手間に、私の、現代日本なら普通だよという社会基盤インフラ整備をひとつひとつ実現していった。


 清潔で、過ごしやすい町に。便利で暮らしやすい町に。


 その改善策の一貫として、公衆浴場や鉱夫の専用食堂を設けたり、町の人の声を拾い問題解決を模索する役人や町の安全を守る自警団を正規に配置する衙門署がもんしょを配備したりした。

 町役場や警察組織って、現代っ子の私には当たり前のものだと思っていたけど、この世界では、地主や村長、領主が総括していて、どの地でも機能している訳ではないのだ。


「そうですね。陛下もその辺りをもっと強化したいと申しておられました」


 細めの銀縁の眼鏡をクイッとやりながら、この町を任せていたユスタスの仮宿にしていた、今は衙門署となった昔のサピヴィディアス領主邸の窓から町を見下ろしながら、モーリッツ氏は語る。


 地球のヨーロッパの中世後期から近世くらいの文明に見えたけれど、まだまだ、平成っ子令和の女子高生には驚きの異世界だ。

 でも、この世界で生まれ育ったクラウディアの意識は、これが普通だと感じてもいる。

 私の意識が覚醒しなかったら、クラウディアもこの町の改革をしようとは思わなかったのだろうか。

 

 鉱山のキュクロス側のアストゥリアス町は、私の平成の社会基盤インフラを元に思いつきであれこれ整備されて、映画なんかで見るような中世後期の陰鬱な村の雰囲気から、近世くらいのアメリカやカナダの田舎のファミリードラマの舞台くらいには整ったと思う。


 陛下が派遣してくださった宮宰達は、今もこの町に残り、私の鉱山と町のため専用の執事となって働いてくれている。


 私は、彼らのレポートと報告を受けてたまに指示するくらいで、鉱山経営者とは思えないくらい普通の令嬢に戻った。

 父がヴァイト(広大な)フルス(川)護岸事業から戻ったら、伯爵としての勉強を再開するけれど、今は、王立貴族学校パブリック・スクール淑女教養フィニッシング学校スクールも修業して、特にやることのないヒマな令嬢を堪能したかった。そんなところは、おこづかいのためのアルバイトですら働いたことのない現代っ子の暢気な怠け者だった。



「上半身がグラついてますよ、お嬢様フローウェ


 カロリーネは男爵未亡人だしアルベリータだって子爵令嬢だけれど、立場は侍女で使用人だ。

 いくら家族同然に思っていても、絶対的な立場の違いというものがある。


 公爵(王族)と侯爵(国益功労者が授爵する階位)を除く高位貴族、伯爵令嬢としての礼儀作法や教養は、淑女教養フィニッシング学校スクールを卒業しても、日常的に身についているか確認のためにも、定期的に女家庭教師ガヴァネスの指導と確認審査がある。

 それを、貴族婦人だからといって、使用人サーヴァントであるカロリーネやアルベリータが行う訳にはいかないのである。

 平時はコンパニオンとして会話から社交術を学び、教育の場では女家庭教師ガヴァネスとして礼儀作法と淑女の教養全般を厳しく教えるアンネマリー・レルネン女史は、このキュクロス王国のヘーレン伯爵家の未亡人で、隣国サヴォイア公国のアウフヴェーク伯爵家から嫁いで来られた方という、キュクロスとサヴォイア両方の作法を教えられる女家庭教師ガヴァネスとして、カロリーネが見つけて来た。


 『慈母』アンネマリーなんて優しげな名前なのに、宗像コーチも驚きの鬼コーチで、完璧な姿勢、完璧なタイミングでのお辞儀とフィニッシュをこなさないと、何度でもやり直させられる。


 正直、太腿も脹脛も腹筋も、笑って震えて、今にもひっくり返りそうなのである。

 何度でもやり直させられるという事は、回を重ねるごとに、筋肉に負担がかかるということ。

 明日は筋肉痛に違いない。なんなら今夜もつらくなりそう。お風呂のあと、マッサージしてもらわなきゃ。カロリーネは、私の身体のケアにはプロ級である。


 貴族のご令嬢というものは、基本、動かない。


 遊ぶ、ということも、同年代の女子会のようなお茶会を各人で持ち回りで開催するか、嗜みとされる刺繍や詩作、馬車の中からや自宅に呼びつけてのショッピング、など、あまり身体を動かすものではない。令和の女子高生には退屈である。


 身体を動かすといえば、安全な自宅か誰かの屋敷の庭園の散歩、舞踏会とダンスの訓練くらいで、乗馬もやらない人のほうが多く、それもドレスで横座りが多い。


 私はマグニフィクス伯爵家の唯一の嫡子として、キュロットで乗馬を訓練している。本当は男性のような乗馬服を着たいけど、変な目で見られかねないので、我慢している。


 一応、スタイルを保つため、乗馬などでの危険回避のため、健康維持のために、腹筋や腕立て伏せとかはやっているのだけど、専門的な指針がないままダラダラやっていても筋トレという面からは足りないのだった。


「あ〜あ、筋トレマシン欲しいな……」


 いや、マジで。切実です。陽光の下の運動と筋トレが足りてない今の状態が続くようだと、骨粗鬆症や生活習慣病とかに罹りそうで怖い。


 私の呟きに、アンネマリー・レルネン女史の目がキツくなる。課題を追加されてしまった。


 筋トレマシン、どっかにないかな。


 

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