第7話 陛下の宮宰達


 陛下は、本当にこの日のすべての予定をキャンセル、後日に調整させ、昼餐を私とユスタスと宰相閣下とで摂ることになって、どうしてこうなった?と頭を抱えたかった。

 陛下や閣下と昼餐など、作法の出来が気になって食べた気がしなかったし、ユスタスは蒼白な顔をしていて可哀想だったけれど、陛下に誘われた昼餐から勝手に中座させる訳にもいかず、二人して緊張状態で味はわからなかった。正直なところ、壁際で控えて空気になっているエイナルが羨ましい。

 昼餐が済むと、陛下と宰相閣下はそのまま、私の持ち込んだ資料と睨めっこを始める。


 お茶の時間に、軽食やケーキ、焼き菓子や一口大のショコラなどが運び込まれ、焼き菓子に合う柑橘フレーバーの紅茶が選ばれる。

 集中される陛下の邪魔をしないためか、給仕の女官も軽食を運んで来たメイドも、無言で退室してしまった。


 仕方ないので、美味しく淹れられる自信はないものの、私が紅茶を淹れることにした。

 陛下の直属の宮宰クロィネン伯爵が手を伸ばしかけたけれど、私やユスタスの分まで伯爵様に淹れさせる訳にもいかなければ、陛下や閣下のお茶をユスタス(平民使用人)に淹れさせる訳にもいかず、この部屋に居る中で一番目下の私がやるしかなかった。

 私だとて父から爵位を継いだ訳でもなく、次期伯爵とはいえ宮廷内で官職を得て子爵を名乗るでもなく、貴族家の一員ではあっても当主でない以上平民ではあるけれど、次期当主な分跡取りではないユスタスよりかはマシだろう。


「ほう? 程よい濃さで、香りを損なうことなくほどほどの飲みやすい温度に、上手く茶を淹れられるのだな」


 陛下が、私の淹れた紅茶を口に含んで『おや?』という表情かおで茶器の中を覗きながら賞嘆してくださる。

 宰相閣下もカップの縁に口をつけて眼を細める。


「ありがとうございます。母に習うことは叶いませんでしたが、私の乳母で母の侍女だった男爵夫人に淑女の嗜みとして、お茶の淹れ方はしっかりと学びました」


 そう。マナーの家庭教師ガヴァネスよりも厳しく、お茶の葉や加工の種類によって違う扱い方を幾つも習った。中には中国茶のような発酵茶や、薔薇茶や菊花茶、ハーブティー、茶葉は使われていないのに茶とつく柚子茶のようなものまで、色々と楽しみながら、その効能まで学んだ。

 学生寮で暮らす間は、メイドや侍女をたくさん連れて行く訳にもいかず、その分カロリーネやアルベリータは大忙しで、自室の簡単な片付けやお茶の用意などは自分でしたのだ。



 少し陛下と宰相閣下とで話した後、三人の宮宰が呼び出された。


「お呼びでしょうか、陛下」

「わたくしめにお役に立てることがありますでしょうか」

「お呼びと聞き、馳せ参じました。陛下。どうぞ、存分にお使いくださいませ」


 感情を見せない、真面目そうな、エイナルよりは年上だろう年格好の男性。黒っぽい深緑のフロックコートみたいな宮廷服を着て後ろ手に組み、どことなく慇懃無礼な感じもした。

 急に陛下と宰相閣下の前に呼び出されて、不安げにキョロキョロと目だけで周りを覗う三十代半ばの男性。ジュストコールに似ているけれど宮廷服ではないえび茶色の男性用ジャケットを纏い、ビリジアングリーンのブリーチズに乳白色のゲートルで、少し宮廷人としては地味さを感じる。

 銀に近い、淡い金の髪を伸ばして肩甲骨の上でレースのリボンでひとつに纏めている洒落者で、花を基調に細かな刺繍が華やかなウエストコートと艶のあるブリーチズがスラッとした体躯を際立たせている青年は、エイナルと変わらない歳だろう。


「モーリッツ。君は、経理は勿論、貴族法や制度、民事裁判などにも詳しかったね?」

「はい。陛下。ですが、実際には法廷に立ったことはまだありませんので、過去の判例に精通しているに過ぎません。ただの頭でっかちです」


 慇懃であるものの、謙遜しつつも揺るぎない自信が、怜悧な目に現れていた。


「それは追々、経験を積めばより確かなものになるであろう?」

「勿論です。陛下に失望はさせません」

「わたしにではなく、こちらのレディに仕えてもらうので、よく助けてやってくれ」

「……は? こちらは?」

「先月の夜会で社交デビューしたばかりなので面識はなかったかな?」


 面識はなくても、この紅い髪と翠の眼で、私が誰だかは判るだろう。

 不安げにキョロキョロしていた男性と洒落者の青年は、チラチラと私の髪を見ているのがバレバレである。


「私は存じ上げておりますよ、レディ。薔薇のように美しい紅い髪と、鮮やかな翠の眼がとても魅力的ですからね。ご存じですか、レディ? 薔薇の葉には『希望・諦めない』という意味があり、特に紅い薔薇の葉には『幸福を祈る』という花言葉があるのですよ。紅い薔薇の花言葉『愛、情熱、美』は、その艶めく美しい髪にこそ相応しい。

 レディ。わたしはシュナイディヒ・ヴィダール。ヴィダール家の気楽な三男で、社交家だと自負しております」


 今、貴男が社交家かどうかはあまり関係なさそうだけど。お口が上手いことはよぉ~く理解わかったわ。


「そんな表情かおするでない。これはこんなだが、交渉事には強い。この通り口が上手いのでな。頭も回るから、其方そなたの役に立つであろう」


 陛下の評価に、にっこり笑顔を向けるヴィダール卿。

 少しムッとしたのを隠しているけれど、わずかに顔に出たモーリッツ氏。


「モーリッツは優秀だが、実直過ぎる。時には搦め手やそれと気付かせずに詭弁で逸らして信用させる事も必要だ。それは、シュナイディヒが得意とするので、適材適所で協力し合うように」


 不満そうではあったものの、生真面目すぎることは自覚しているのだろう、異議は唱えなかった。


「その代わり、この、経理関係と文書の偽装や改竄にさといランツィロと、口が上手く機転の利く社交家シュナイディヒをどう使うかは任せる。職務を全うするために必要な権限も与える。クラウディア嬢の個人資産を守り、彼女の正当な権利を護る為なら、わたしの直属の宮宰として君の裁量であらゆる権限を代行する権利もつけよう。どうだ、モーリッツ。やれるか?」


 

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