第6話 私的なくつろぎ空間
クリーム色の無地の壁紙と木目が温かい腰壁。
カーテンもクリーム色に赤やピンク、オレンジの上品な花柄で半分開けられた掃き出し窓。曇りのない硝子は、現代地球とは違ってかなり高価な物だ。
ウォールナット製の、飾り彫りも美しいローテーブルと揃いのゴブラン織りのソファセットが、部屋の
陛下に促され、フカフカ過ぎて腰が埋もれそうなソファにゆっくりと腰をおろす。
陛下の執事でもある宮宰は、陛下のひとり掛けソファの後ろに立ち、護衛騎士はひとりだけ中に入って扉の側に陣取っていた。
宰相閣下は優雅に、陛下の隣の席で女官の淹れたお茶を啜っている。
「ここは先ほども言ったように、私的な空間だ。これのように、臆することなく寛いでくれ」
これ、とは、陛下に負けず劣らずの長い足を組んで寛ぎまくっている宰相閣下のことである。
私と執事の分もお茶を用意すると、おかわり用のティーポットを置いて、一言も発することなく女官は控え室に姿を消した。
お召し上がりください、とか、おかわりはこちらに、とか、ごゆっくり、とか、何もない。
「ああ、ここでは、必要最低限の要件以外、挨拶も業務報告もおべっかも要らないと言ってあるんだ。彼女が特別無愛想な訳ではないよ。この部屋以外の場所では普通に言葉を交わすよ。わたしがゆっくりするため、考え事や作業の最中に雑音で
陛下は、どうして私の考えが解るのだろう。
「はは。そう、不思議なことではないさ。君の、彼女を視る目が不思議そうだったからさ。まあ、不快ではなさそうで良かったよ」
尤も、わたしの命に従っただけのメイドや女官の態度に不快感を示すような人は、ここには入れてやらないけどね。
確かに、一言も喋らないで壁際とかに控えもせずに居なくなるのってこれまで見たことなかったから不思議な感じはしたけれど、魔女だと敬遠されたり見下したりするんじゃなくて、作業は丁寧で態度は慇懃だったし、不快感はなかったかな。
陛下の寛ぐための空間なので、一般的なルールはここには持ち込まない事になっているらしい。
やっぱり、陛下ってちょっと変わってるのかも。
「で? その大きな巻物は、地図かな? 領地、いや、先日、君が受け継いだという鉱山近辺のものかな? で、そのたくさんの資料や書類綴じは、鉱山や鉱山町の運営に関するものかな」
「え、凄い、どうしてわかるのですか?」
驚く私と執事を、見て、ニヤリと笑う陛下。
殆ど音を立てずに、優雅にティーカップをソーサーに戻すと、宰相閣下は笑い出した。
「誰でも、社交界に耳を持っている者なら簡単に想像はつくさ。君は、社交デビューを機に正式に母君所有だった鉱山を受け継いだ。その事は、経済や貴族社会に興味のある者なら、ある程度はリサーチ済みだろう。
サヴォイア公国の、我がキュクロスとの国境に跨がる鉱山は、その鉱石も宝石の原石も、良質で価値が高い。気にならない方がおかしい」
陛下も、苦笑する。
そうか。そんな簡単に見抜かれるのか。
貴族社会の中では、注目の的ってことなのかな?
「加えて、お父上は領地内を流れる隣国との境界線
「はい。長い間、ヴァイトフルスは氾濫などなく、穏やかな大河でした。けれど、長い年月の間に川底が削られたり山から流出する土砂や巨岩などで、時間をかけて流れが変わっていったようで、昨年はスドゥオウェスト国側の土地に被害が出ました。この先我が領地にも被害が出ないとは限りません。
ので、この度の共同事業は、父も本腰を入れて、商会や領地のことは一旦、一族の者や
膝の上でドレスを握り締め、陛下(と宰相閣下)の前である緊張や相談上の不安を感じさせないように気をつけながら、頼るからといって甘えが出ないように、ゆっくりと、視察で見てきたこと、感じたこと、これから行おうとしている町や鉱山の環境改革案について、持参の資料を広げて一つ一つ丁寧に説明しながら話した。
思ったより時間がかかったけれど、陛下は、最後まで、途中口を挟まずに聞いてくださった。
「なるほど。先ずは、鉱夫達とその家族の生活環境か。そのためには、医療従事者の手配と設備投資の為の資金の捻出。で、鉱山運用の見直し。具体的な案は―― そうだな、悪くはないが……」
陛下は、一旦言葉を切って、徐に壁際に控えていた宮宰を振り返り、
「午後の予定はどうなっていたかな?」
確認を取られる。
「メリエ侯爵他数名との昼餐の後、次期社交シーズンの予算案の予備調査結果の御前会議と、晩餐は軽くお一人で摂っていただいて、ロッシェ伯爵及びクルック伯爵、ペジェ伯爵と会談の後、翌日の予習をして頂いたら湯殿へご案内し、中夜ごろおやすみ頂く予定です」
ええ…… 気の休まらない昼餐に、その御前会議だって絶対に1~2時間では終わらない、よね? 晩餐の後もまだお仕事して、やっと
国王って、大変なんだなぁ。
「クロィネン、昼餐も会議も会談も、キャンセルしてくれ」
は?
陛下の言葉に、命じられた宮宰クロィネン卿は元より、宰相閣下も私も私の連れて来た執事ユスタスも、その場のみんなが、驚きのあまり思考が停止した。
ただ、護衛騎士のアルテホーホ卿だけは、表情もまったく動かさず、なんの反応もなかった。
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