第5話 待ち伏せ


 立派な扉が開き、最初に宮宰のひとりクロィネン伯爵が部屋の外に出て扉を更に開き、脇に避けて立つ。

 続いて、蜂蜜色の金髪を肩甲骨の辺りまで伸ばし、手入れの行き届いた口髭と顎髭を蓄えたイケオジが出て来る。


 むむ、足長っ


 見た目的にはあちら現代地球上での白人に近い人種が多いこの国では、明るい髪色か茶髪、青、茶系かヘーゼルの眼をした人が多い。ただ、肌の色はさほど白くなく、見た目もそんなに厳つくないし顔立ちも、陰影がくっきり出るほど掘りが深い人も多くない。(居なくはない)

 北側の隣国はもっと色白で金髪碧眼か銀髪青灰色ブルーグレーの眼の背の高い人が多く、南側の隣国の人は、精々一六〇~一八〇㎝ほどの背丈にやや日焼けした東洋人っぽい見た目の人が多い。


 そしてこの、スラッと伸びた足が羨ましいイケオジは、我が国の国王陛下である。


「おや、これはこれは。マグニフィクス伯爵家の、クラウディア嬢だったかな? 今日は、お父上の代理かな?」


 たくさんの宮宰達と近衛騎士の手前、あまり親しげな雰囲気は出さない陛下。

 先日、デビュタントのファーストダンスを踊ったのに冷たい態度……という訳ではなく(たぶん)、人目のある場では誰に対してもこうなのだ。

 そして、そんな態度ではあっても、私の話を聞いてくださる。確信があった。


「キュクロスの輝かしき太陽である国王陛下に、マグニフィクス伯爵家クラウディア・ルファ・エリュテイア・フォン・フォルクハルトがご挨拶申し上げます」

「ああ、そんな堅苦しい挨拶はいいよ。……話しながら聞こうか?」


 陛下の指示で、資料や道具を抱えた宮宰達が各部署へ散っていく。

 残った護衛騎士と陛下の専属執事を共に、宰相も連れ立って、宮殿の奥へ歩き出す陛下。


 手に持っていた大きなコットン紙と六つ目綴じに束ねられた製本書類を執事に手渡しながら、スタスタと歩く陛下は、ハタと立ち止まり私を振り返る。


「すまないね。ちょっと早かったかな」


 歩く速度を落として下さる陛下は、ダンスを踊った時の優しい眼をしていた。



 デビュタントの夜会以降、何度か父の朝議にお供した時、たまに陛下と目が合うことがあった。

 その内の何度かは、こちらへ来て、父にお声をかけて行かれる。そのついでに、私へも一言二言お言葉をくださる。

 イケオジらしく柔和に微笑み、頭をポンポンと子供をあやすかのようにされたこともある。

 お父さまが、バスティアンのお父上ライニンゲン伯爵ホーエンローエ卿と話されている隙に、こっそり耳元で話して下さった言葉が、私の話を聞いてくださると確信を持つに至る要因だ。


「お父上のもとで学んでいるんだって?」

「はい。まだまだ不勉強で至らないことばかりですが、王立貴族学校パブリック・スクールでも教わらなかった事を実地で学べる事はとてもいい経験になります」

「君は一人っ子だったのだね」

「はい。母を早くに亡くしましたので、兄弟はおりません。ですが、あちらのホーエンローエ卿のご子息を婿に迎えて、共に領地を盛り立てて行くつもりです。そのための勉強は、とてもやりがいがありますし、父の背を見て育ちましたので、お手本に頑張りたいと思っています」

「そうか。女性であること、成人したばかりだということ、この先色々と、周りに軽んじられたり中々成果が現れなかったり、焦ることも悔しいこともたくさんあるだろう。身近で親しい分、どうしても執事達やお父上に相談しにくい事も出て来るだろう」


 兄や伯父が居ればこんな目で見守ってくださるのだろうか。という眼差しで、将来伯爵となる私の、女であることと紅い髪や翠の眼を理由に魔女と言われることで、他の貴族達から相手にされないことを心配してくださる陛下。

 一七八㎝の身体を傾け、一五七㎝しかない私の耳元で、まわりに聞こえないように配慮してか、囁いてくださった。


「その時は、こっそりわたしに訊きにおいで?」

「そのようなこと……よろしいのですか?」


 ダンスを踊った時のように、子供を見守る父親のような、道理を説く司教様のような、優しい眼をして微笑みかけてくれる陛下は、とても頼もしく思えた。


「勿論だよ。言っただろう? 国民は総じて国王の子。王位は子らを守るための力。わたしは愛子まなごとの約束は守るよ。但し、甘やかしたり特別扱いはないから、そこは覚悟しておくれ」

「当然ですわ。それこそ望むところというもの。お父さまに頼れないのにどうしても解決できない事がありましたら、その時はお言葉に甘えさせていただけること、憶えておきます」


 あの時の陛下のお言葉は、単なる励ましの言葉や社交辞令ではなかったと思う。

 嫉妬の悪女だの厄災の火種の魔女だのと揶揄される私にも差別することなく、王と臣下として不適切もなく向き合って下さる方だから、お父さまが尊敬する国王だから、嘘はないと確信したのだ。



「この先にわたしの私的な空間がある。庭園の四阿あずまやには景観は及ばないし、貴賓室にもしつらえは負ける小さな部屋だが、この護衛騎士を倒せるような者でない限り、誰も割り込んだり聞き耳を立てたりはないから、話はしやすいと思う。そこでいいかな?」


 あの時と同じ、子供を見守る優しい大人の眼で、私に確認をとる陛下。


「え、あの、先触れもなく突然の訪問で、陛下の貴重なお時間を割かせる訳には参りません。本日はお約束だけで、後日改めて……と」

「そのように、たくさんの資料を揃えておいてか? 構わぬ。午後の予定まで時間はある。元々その部屋で一息入れるつもりだったのだ。その間、令嬢のに耳をかたむけるのも、貴族を取り纏める、王冠を被った代表者の役目のひとつであろう?」


 今生で最推しのイケオジは、爽やかにウインクした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る