第4話 令和女子高生には鉱山経営も町長も難題です


「もうダメ……」

「お嬢さま、諦めるのはまだ早いですよ」

「だってぇ。理解わかんないよぉ。税金って複雑だし、労働者組合とか収益がどうとか、純利益と経常利益? もっと、お小遣い帳みたいに収入と支出だけだと理解わかりやすいのに複雑で、そうじゃないのね。んん? あ、あれ? この収益率と支出と……? なんかおかしくない?」

「ふむ…… そうですね、奇麗過ぎます。ここ、鉱石が必ず一級品しか採れない、なんてことは無いと思われますし、ここも、この人数は必要ないかと。実際にこんな人数が働いていたのでしょうか。これはもしかしたら、改竄があるのかもしれませんね」

「一級品鉱石ばかり採れるって計算していたら、二級品や屑鉄なんかの処分はどうしているのかしら?

 実際に働いていた人数より多く書いて、鉱夫や人足のお給金を水増し請求していたってこと? 労働者組合はどうなっているの?」


 私は、デビュタントパーティーの直前、十六歳の誕生日にお父さまから頂いた贈り物――正確には、亡くなったお母さま名義の所有地を、私に譲られた――である隣国サヴォイア公国との国境に跨がっている鉱山の視察に来ていた。

 元々はお祖父さまが、お母さまに結婚祝いに、持参金のひとつとして贈られたものだったらしいけれど、社交デビュー祝いに、お父さま預かりだったのを、正式に私の名義に変えたのだという。


 で、エイナルをお供に、マグニフィクス伯爵家の執事の中でも経理担当のユスタスと一緒に来たのだけれど。


 町の様子はちょっと怖い。

 アメリカドラマで見たスラム街のような、汚れた建物や散らかる壊れた家具や道具などの廃棄物。鉱夫達には片足が義足の人もいるし、その義足も木を削っただけの、子供用動画コンテンツのフック船長の足みたいなやつで、頭に包帯を巻いている人、三角巾で片腕を吊っている人もいる。


 町の北側に、やまい持ちと呼ばれる、彼らの治療では根治出来ない病気の人や、真面まともに動けないほど大きな怪我をしている人、原因不明の体調不良を訴える人などをひとまとめにした建物があった。

 建物を外から見たけれど清潔そうになかったし、窓から中を覗いても、野戦病院みたいな簡素な設備しかなかった。


「こんなんじゃ、治るものも治らないわ!」


 私は、お父さまの――マグニフィクス伯爵家の名を使って、王都で評判のいいお医者さま数人に声をかけて、応えてくれた人を、私の町にしょうへいした。

 先ずは鉱夫らの治療に重要な、内科と整形外科の専門医を。後、看護師や薬師を出来る限り迎え入れた。


 平成令和の日本やアメリカのような高度な医療技術はまだない世界だけれど、それなりの医学知識は存在する。薬学研究も。現代地球には無いだろう薬草も存在し、幾つかは、前世の記憶持ちの人の医療知識チートの恩恵もあるのだろう。


「私の鉱山収入を超えそうなら、何か考えるわ」


 お医者さまや看護師や薬師を抱えるには、報酬の他に彼らの生活環境を整え生活資金を捻出する必要がある。

 そこで、これまでの鉱山の収支を見直そうと、執事達と、これまでの産出記録と鉱山に関する資料や帳簿を見てみたのだけれど、もう何が何だか平凡な元女子高生には理解が追いつかなくて、もはや知恵熱でぶっ倒れそうよ。



   ✧ ✧ ✧



 と、いう訳で。


 やって来ました、王都の高台に位置するこの王宮。


 父は領地で外せないご用があり、先月淑女教養フィニッシング学校スクールも卒業した私は、お父さまの代わりに、朝議に出席したのである。


 お父さまのように、国境地帯に領地がある貴族は、国境警備と貿易の担い手として、社交シーズン以外は貴族院朝議会に出席しなくても咎められず、領地で外せない用がある場合は、代理を立てることも許されている。

 私は、寮制の王立貴族学校パブリック・スクールを卒業して貴族法の大まかな部分を理解した後は、王都の町屋敷タウンハウスで暮らし、淑女教養フィニッシング学校スクールに通いながら、時々次期伯爵としてお父さまの補佐として朝議に参加している。

 現代日本なら高校一年生だというのに、県副知事をやらされているようなものだ。


 生徒会すらやったこと無いのに、財閥の跡取り娘と副知事と花嫁修業と小売り販売業の店長をやらなくてはならない、二足の草鞋わらじどころか三足も四足も整えなくてはならないのである。


「お嬢さま。本当に大丈夫でしょうか」


 先日、鉱山の現状を視察しに行った時に同行してくれた執事と、エイナルを護衛官代わりにこうして王宮の奥の、赤い絨毯が目に眩しい廊下で、とある人物を出待ちしているのである。


 王宮の廊下の絨毯には、その色に意味がある。


 季節ごとに色を変える毛足の短い無地のものは、一般人も立ち入れる表宮殿の開放された場所。


 生地に地模様があるのが薄らと見て取れる、ふかっとした深緑のものは、脱脂作業を軽めに撥水性を残したウールで作られたもので、宮廷官職者と貴族議員とその随行者が立ち入りを許された場所。主に、役所や警察のような役割の場所で、そこで働く人は当然、その人に仕えて働く人も日々出入りしている。


 今いる、毛足が長めで足音を吸収する赤い絨毯は、王族と伯爵位以上の許された人物しか立ち入れない奥宮で、王族の居住スペースも更にこの奥にある。

 警備の騎士も、近衛隊隊員の、戦闘能力だけではなく一定の身分と教養も身につけたエリート層で配属されている。


 今、目の前で観音開きの精緻な飾り扉を護っているのは、王都に近い北の国境付近の領地の侯爵家の三男と、東の穀倉地帯の伯爵家の四男、だったと思う。

 辺境伯と呼ばれる国境を護る大貴族は、建国より続く伯爵家の中から選ばれ、高い軍事力と国境の商業都市を発展させる義務があり、特に国に貢献の大きい名家は侯爵位に陞爵されている。


 我が家――マグニフィクス伯爵領フォルクハルト家は、建国からの伯爵位で、過去に何度か国防の功績から陞爵の話はあったらしいのだけれど、代々の当主は断って来たのだという。

 宮廷で高官を目指すより領地の保全と発展が優先事項なので、爵位は領民を護るための権力を持つためには多少は必要なものの、王族に近くはべるためではないので、伯爵位で十分だというのがその主張らしい。


 カチ


 その王族の居住区にほど近い、上位貴族の執務室が並ぶ廊下の一室の、重々しいけど飾りレリーフが豪奢で美しい扉が、僅かに開いた。


 さあ、クラウディア、ここが踏ん張りどころよ。


 

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